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ロッテの小島は、中学時代は東大を目指せるくらい頭が良かったらしい。
そんな話を以前に東大元野球部監督の浜田さんに聞いた記憶がある。
記憶違いだったかな?
と思ってググってみると、こんな記事があった。
「小島くんはいまのプロ野球界で、根尾くんとツートップを張るくらい偏差値は高いでしょう。彼が大学生のとき、グラウンドで直接話す機会があって、聞いてみたんですよ。『中学のとき、偏差値70あったって本当なの?』と。彼はすごく自然な感じで『本当ですよ』と返事していました。彼は中学時代から、埼玉にすごく野球がうまくて頭がいい子がいると噂で、僕としては、埼玉トップの進学校・県立浦和高校に入って、ぜひ東大に来てほしかった」
だが、浜田の思いをよそに、小島は同じ浦和でも浦和学院に進んだ。
小島くん、来年はどこのユニを着ているのだろうか?
工藤監督の中日のユニフォーム姿。できれば現役時代に見たかった。。。
99年のリーグ優勝後、監督の星野仙一はダイエー、広島からFAした工藤公康と江藤智の両獲りに手応えを感じていた。
そのため、ドラフトでは指名人数を3人に抑えるように実質スカウトトップであった中田宗男に指示をしていた。
だが巨人との獲得競争に敗れ、2人とも中日のユニフォームに袖を通すことはなかった。
もしもあのとき、工藤が中日を選んでいたら、04年以降は落合監督の下でプレーしていたはずだ。落合×工藤はどんな化学反応を見せただろうか。
ちなみに、3位で指名を打ち切らざるを得なかった中日が、4位で指名を考えていのが堀越の岩隈久志だった。
新生ジャイアンツのヘッドコーチに就任した高橋由伸。
慶應大時代はドラフトの超目玉として、巨人、西武、ヤクルトが最後まで大争奪戦を繰り広げたことは有名。
当時ベイスターズで由伸を担当していたスカウトの長谷川国利氏(後に巨人スカウト部長)の著書によれば、由伸がベイスターズを断った理由は「横浜は遠い」だったそうだ。
どこを起点に「遠い」のかば未だに謎のまま。
ちなみに断られた長谷川氏は「ヤクルトに行くんだな」と思ったらしい。
巨人の松井秀喜監督。
星稜高校時代は「意中の球団」として、阪神、巨人、ダイエー、中日を挙げていたが、中日は当初、意中球団に入っていなかった。
当時のスカウト部トップの岡田悦也は、とにかく即戦力志向な人で、松井の獲得に動いていなかった。
石川県は中日にとっては準地元みたいなものであり、また同校とは小松辰雄を獲得している縁もあったため、その姿勢にはスカウトからも「何で?」という疑問の声があがっていた。
そんな姿勢の中日に対して、監督の山下智茂は「中日は地元のくせに挨拶にもこん」と腹を立てていた。
それを伝え聞いた球団が慌てて、このとき九州担当だった敏腕スカウト法元英明を究極松井担当として当てがった。
法元の努力によって、意中球団の「末席」に並べてもらえることになっあ中日は、何とか面目が保たれた。
あのとき、松井が中日に引き当てられていたら今ごろどんな人生を歩んでいただろうか。
2011年のドラフト振り返り。
現役選手が10人しか残っていない中で、日本ハムが指名した選手(菅野含む)は5人が未だ現役。
それだけに留まらず、松本、近藤、上沢はユニフォームこそ変わったものの未だに主力級の活躍を続けている。
2011年の日本ハムはまさに『神ドラフト』といえるのではないだろうか。
この本を読んで一番驚いたのは、現在のソフトバンクホークスではなく、「NTTドコモホークス」になる可能性があったこと。
そして、「ダイエーホークス」をそのまま残し、親会社が「京セラ」になる可能性があったということ。
2003年9月、京セラの稲盛会長が「ダイエーグループを丸ごと買ってもよい」と水面下で打診。ダイエー首脳と極秘裏に会談。
実現すれば、産業再生機構による〝国策球団〟に転落することも避けられ、外資のハゲタカファンドに買い叩かれることもない。何よりも「ダイエーホークス」がそのまま残る。これ以上ないスキームとなる。
しかし、この話しは後に稲盛の激怒を買い白紙となる。
原因は極秘だった会談内容を外部にリークした人間がいたからと言われている。
その人間とは、後に強制わいせつで逮捕される、あの男である。
中日ファンの自分は、工藤がダイエーを出ていく際、「どうせ巨人に行く事が決まってたんだろ?」くらいに思っていた。
だが数年後に「球団社長と揉めて出ることになったらしい」ということが、何となく分かった。
そして、この本でことの詳細がよく分かった。高塚社長の信じがたい言葉に驚く。
↓
日本一になった1999年オフ、球団代表の瀬戸山は工藤公康夫妻をホテルに招き、FA移籍を阻止すべく、1回目の下交渉を行っていた。そこに乱入してきたのが、この年4月から球団社長としてやってきていた高塚だった。
出てきた言葉は耳を疑うものだった。
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ダイエーホークスの身売りを語る時、当時のオーナー代行高塚猛の傍若無人ぶりがセットで語られるのはお約束だが、改めて紐解くと本当に酷い。
日本シリーズのベンチ裏に複数の女を連れ込み、工藤公康と小久保裕紀を事実上追い出し、そして勝手にロッテとの合併を画策した。そんな男の末路は→
スカウト経験もある小川淳司は、自分が監督になったときには、ドラフトには口を挟まない、スカウトに任せることを信条としていた。
たが2012年のドラフトで、一度だけ「1位はこいつでお願いします」と口を出したことがあった。
→
2004年、球界再編騒動の真っ只中。
中日は5年ぶりのリーグ優勝を目指して首位を走っていた。
だが監督落合博満は、選手会の活動に奔走する井端弘和に「もううちの優勝はどうでもいいから、行くところまでいけ」と伝えていた。
勝利至上主義と思われがちな落合にはこんな一面もあるのだ。
いよいよドラフト会議当日!
なのでスカウト本の名著を紹介します。
近鉄時代に野茂と福留の担当もしていた伝説のスカウト河西俊雄は、実はドラフト直前まで野茂を回避して早大の小宮山かヤマハの西村の一本釣りを考えていた。しかし、それに待ったをかけたのが…
16年間の本ですが面白いのでぜひ!
この本によれば、根來泰周コミッショナーは、法曹界出身の人間でありながら、「選手会のストライキは違法。損失の全てを請求できる」というデマ文書を全オーナーに送り、ストを潰そうとした人物。
当時の裁判官も、そんな根來の姿勢を「あまりに怠慢で会長の古田と対照的」と批判している。
だが、
「日本プロ野球のいちばん長い日」を買った。
このテーマについては、昨年、一昨年と大変読み応えのあるノンフィクション2冊(写真参照)を読んでいるので、「この2冊よりも面白いんでしょうね?」と、読む前からハードルはかなり上がっている。
さてさて。































