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神永学先生 @kaminagamanabu のYouTubeチャンネル「よみトモ」さんに、清涼院流水が出演させていただくことになりました🫢ソウナノ?
流水への質問を募集してくださっていますので、大説家に聞きたいことがあるという方は、引用元ポストのリプ欄にお願いします🙇♂️
あさって11月2日(月)に収録予定ですが、ぜんぜんご質問がないと大説家が「みんな、流水に興味ないんだ……😔」と落ち込みますので、ぜひ!🙏😉プリーズ✨
【よみトモ】
🌸YouTube新コーナー設立🌸
その名も「作家に聞いてみた!!」
そして「作家に聞いてみた!」
第1回のゲストはなんと!
✨清涼院流水【@Catholic_Ryusui 】先生です‼️✨
清涼院流水先生に聞いてみたいことを仕事や作品、私生活「なんでも!」このリプ欄で教えてください!!
清涼院流水 Ryusui Seiryoin retweeted
【#東方の3おじさん 語録】(サンタのコスプレで、はしゃぎながら)「サンタは、あとづけです。サンタがプレゼントをくれる日というのはサブでね。日本だとサンタの日と思われていて、イエス・キリストなんて、だれも言わないですけどね」――ゆるおじMARO(第25回放送より)
youtube.com/watch?v=wHVexRA-…
【日本文学の革命家・村上龍先生から清涼院流水が受けた絶大すぎる影響(第10回)】
村上龍先生を清涼院流水が限りなく意識してしまう最大の理由は、龍先生は清涼院流水以前に存在した唯一の「大説家(たいせつか)」である、という事実です。
「小説」はどうして「小」で「大」じゃないのか、という疑問を流水は高校生のときからいだいていたのですが、作家デビューを目ざして日々創作していた大学時代に、ある哲学の本を読んでいて、その答えを知りました。
「小説」も「大説(たいせつ)」も元は中国で使用されていた言葉で、ざっくり説明すると、「小説」とは「個人の物語」で、「大説」とは「国家や世界の物語」です。
その定義を知ったとき、流水自身の書きたいものは「小説」より「大説」だと確信したので、デビュー以来30年ずっと「大説家」を自称してきました。
そこには、「既存の小説の枠におさまりきらないもの」という意味も込めています。
「大説」という用語を継続的に使用しているのは、日本では、おそらく清涼院流水ただひとりですが、それは、昔から文豪や評論家の方たちに言及されるキーワードでした。
流水がカトリック信徒になったあとに学んで知ったことですが、たとえば、カトリック作家の巨人である故・遠藤周作先生と故・曽野綾子先生は、おふたりとも自著の中で「わたしには小説は書けるが、大説は書けない」という発言をされています。
そして、村上龍先生の代表作「愛と幻想のファシズム」を、評論家の巨人である故・吉本隆明先生が「これは小説ではなく、もはや大説である」と断言された文章を読んだとき、龍先生は流水の中で「大説家の先輩」として特別な意味を持つことになったのです。
その視点を得たうえで、龍先生のご活動をふり返ったとき、納得される方も多いのではないでしょうか。
龍先生の作品も、個人というより、国家や世界全体を描く壮大なスケールのものがいくつもあります。
龍先生こそ、元祖・大説家だったのです。
カリスマの登場で強くなった日本を描いた「愛と幻想のファシズム」は、いちばんわかりやすい例ですが、毎日出版文化賞と野間文芸賞をW受賞された後年の代表作「半島を出よ」なども、まさに大説です。
読者の原田忠男さんから、流水の「コズミック・ゼロ」と龍先生の「愛と幻想のファシズム」の類似点を指摘されていて、その通りだと認めつつも意識したものではなく、無意識で出てしまった影響だというのが真実です。
一方、流水が「コズミック・ゼロ」執筆時に明確に意識していたのは、実は、「半島を出よ」のほうなのです。
「半島を出よ」を読まれた方はよくご存じの通り、この作品は北朝鮮の工作員たちをリアルに描いたもので、「コズミック・ゼロ」に北朝鮮の工作員が出てくるのは「半島を出よ」の影響です。
そこは、オマージュと言えるほど意識していました。
流水にとって「半島を出よ」が特別な作品なのは、かつて幻冬舎さんの雑誌「ポンツーン」に掲載された龍先生の「半島を出よ」取材を紹介した特集記事のインパクトが忘れられないからです。
誠実な作家がたった1行の情報を書くために膨大な時間を費やすことは、めずらしくありません。
流水自身も、そのぐらい取材を徹底したことが過去に何度もありますが、龍先生の「半島を出よ」の取材は、信じられないほどディテールにこだわられていて、特集記事を読んで、唖然とさせられたほどです。
おそらく、日本の小説の歴史において、「半島を出よ」のときの龍先生以上になにかを取材された人というのは存在しないと思います。
そのぐらい、作中の小道具ひとつひとつに至るまで、リサーチを徹底されていました。
だからこそ、「半島を出よ」は、得体の知れない北朝鮮の工作員たちをもリアルに描き、各方面から絶賛される龍先生の代表作となったのです。
龍先生はお若いころから取材を大事にされていましたが、そのご生涯を通じて取材が最大の成果を出した作品が「半島を出よ」であることは、間違いありません。
このように、龍先生について語りたいことはいつまでも尽きないですが、長く続いたこの連載も、いったん、あと2回で終わることになりそうです。
あすとあさっても、最後まで渾身の記事を書きたいと思っています。
引き続きおつきあいいただける方は、あと2回、よろしくお願いいたします。
【きょうの新約聖句: Day 314】
それ故(ゆえ)、キリスト・イエスと結(むす)ばれている者には、もはや死の宣告(せんこく)はありません。
キリスト・イエスにある命(いのち)をもたらす原理としての霊(れい)が、あなたを罪(つみ)と死の原理(げんり)から解放(かいほう)してくれたからです。
すなわち、肉(にく)の故(ゆえ)に無力(むりょく)であった律法のなしえなかったことを、神は成(な)し遂(と)げられました。
神は、罪を償(つぐな)う犠牲(いけにえ)として御子(おんこ)を罪深い肉と同じ姿(すがた)で遣(つか)わし、肉において罪を罪と断定(だんてい)されました。
それは、肉に従(したが)って歩まず霊(れい)に従って歩むわたしたちにおいて、律法の要求するところが成就(じょうじゅ)されるためでした。
事実、肉の指図(さしず)のままに生きる者は、肉のことを思い、霊に従って生きる者は、霊のことを思います。
肉の思いは死であり、霊の思いは命(いのち)と平和です。
なぜなら、肉の思いは神に敵対し、神の律法に従わない、いえ、従うことができないからです。
肉の指図のままに生きている者は、神に喜(よろこ)ばれません。
しかし、神の霊があなた方(がた)に宿(やど)っているかぎり、あなた方(がた)は肉の支配のもとにあるのではなく、霊の支配のもとにあるのです。
キリストの霊を持たない者は、キリストのものではありません。
キリストがあなた方(がた)のうちにおられるなら、体(からだ)は罪の故(ゆえ)に死ぬことになっても、受けた救(すく)いの義(ぎ)の故(ゆえ)に、霊はあなた方(がた)の命(いのち)となっています。
イエスを死者の中から復活させた方(かた)の霊が、あなた方(がた)のうちに宿(やど)っているなら、キリストを死者のうちから復活させた方(かた)は、あなた方(がた)のうちにおられるその霊によって、あなた方(がた)の死ぬべき体(からだ)をも生かしてくださるのです。
ローマの人々への手紙 8:1-11
(聖書 原文校訂による口語訳 フランシスコ会聖書研究所訳注)
[Today’s New Testament Verses: Day 314]
Hence, now there is no condemnation for those who are in Christ Jesus.
For the law of the spirit of life in Christ Jesus has freed you from the law of sin and death.
For what the law, weakened by the flesh, was powerless to do, this God has done: by sending his own Son in the likeness of sinful flesh and for the sake of sin, he condemned sin in the flesh, so that the righteous decree of the law might be fulfilled in us, who live not according to the flesh but according to the spirit.
For those who live according to the flesh are concerned with the things of the flesh, but those who live according to the spirit with the things of the spirit.
The concern of the flesh is death, but the concern of the spirit is life and peace.
For the concern of the flesh is hostility toward God; it does not submit to the law of God, nor can it; and those who are in the flesh cannot please God.
But you are not in the flesh; on the contrary, you are in the spirit, if only the Spirit of God dwells in you.
Whoever does not have the Spirit of Christ does not belong to him.
But if Christ is in you, although the body is dead because of sin, the spirit is alive because of righteousness.
If the Spirit of the one who raised Jesus from the dead dwells in you, the one who raised Christ from the dead will give life to your mortal bodies also, through his Spirit that dwells in you.
The Letter to the Romans 8:1-11
(New American Bible Revised Edition)
【流水コメント】
イエス・キリストと結(むす)ばれた者は、もはや死の宣告(せんこく)を受けることはない、決して死ぬことはないのだと、パウロは大胆(だいたん)に宣言(せんげん)します。
なぜなら、律法(りっぽう)を守(まも)ることでは逃(のが)れられなかった罪と死の原理から、キリストの十字架の結果として送られた神の霊(れい)が解放(かいほう)してくれるからです。
肉体の欲求(よっきゅう)に従(したが)うしかない者は神に従うことはできませんが、神の霊が宿(やど)る者たちは肉体の欲求にも抗(あらが)うことができます。
たとえ肉体が罪のために死ぬことになっても、キリストを信じる者たちの中でいのちとなった霊は永遠(えいえん)に生き続けるということを、パウロは述(の)べています。
[Ryusui’s Commentary]
Paul boldly declares that those who are united with Jesus Christ will no longer face a sentence of death—they shall never truly die.
This is because the Spirit of God—sent as a result of Christ’s cross—liberates them from the principle of sin and death, a bondage from which keeping the Law could never provide an escape.
Those who are bound to follow the desires of the flesh cannot obey God; however, those in whom the Spirit of God dwells are empowered to resist those fleshly desires.
Paul explains that even if the physical body dies because of sin, the Spirit—which has become life within those who believe in Christ—will continue to live forever.
【きょうの旧約聖句: Day 314】
アスティアゲス王は先祖(せんぞ)たちの列に加えられ、ペルシア人キュロスが、その王国を受け継(つ)いだ。
ダニエルはこの王の側近(そっきん)で、王の友人たちの誰(だれ)にも勝(まさ)る誉(はま)れを得(え)ていた。
さて、バビロニア人たちには、ベルという名の偶像(ぐうぞう)があり、この偶像のために彼らは毎日、小麦粉十二アルタベ、羊(ひつじ)四十匹、ぶどう酒(しゅ)六メトレテスを費(つい)やしていた。
王はこの偶像を崇(あが)め、毎日、礼拝(れいはい)に出かけていた。
しかし、ダニエルは自分の神を礼拝していた。
ある時(とき)、王はダニエルに言った、「なぜ、お前はベル神を礼拝しないのか」。
ダニエルは答えた、「わたしは人の手で造(つく)られた偶像ではなく、天地を創造(そうぞう)し、すべての肉(にく)なるものの上に主権(しゅけん)をもっておられる生(い)ける神を礼拝しているからです」。
すると、王は言った、「お前はベル神が生ける神だと思ってはいないのか。ベル神が日々(ひび)、どれだけ食べたり飲んだりしておられるか、お前は見ていないというのか」。
ダニエルは笑って答えた、「王さま、だまされてはなりません。あれは内側は粘土(ねんど)、外側は銅(どう)でできており、食べたことも飲んだことも決してありません」。
それを聞いて王は怒(いか)り、祭司(さいし)たちを呼びつけて言った、「これほどの供(そな)えの品(しな)を誰(だれ)が平(たい)らげているのか。もしそれを告(つ)げることができなければ、お前たちは死を見ることになる。しかし、もしベル神が食べておられることを証明すれば、ダニエルこそ死ぬべきだ。ベル神を冒瀆(ぼうとく)したからだ」。
ダニエルは、「お言葉のとおりになりますように」と王に言った。
ダニエル書 14:1-9
(聖書 原文校訂による口語訳 フランシスコ会聖書研究所訳注)
[Today’s Old Testament Verses: Day 314]
After King Astyages was gathered to his ancestors, Cyrus the Persian succeeded to his kingdom.
Daniel was a companion of the king and was held in higher honor than any of the Friends of the King.
The Babylonians had an idol called Bel, and every day they provided for it six bushels of fine flour, forty sheep, and six measures of wine.
The king revered it and went every day to worship it; but Daniel worshiped only his God.
When the king asked him, "Why do you not worship Bel?" Daniel replied, "Because I do not revere idols made with hands, but only the living God who made heaven and earth and has dominion over all flesh."
Then the king continued, "You do not think Bel is a living god? Do you not see how much he eats and drinks every day?"
Daniel began to laugh. "Do not be deceived, O king," he said; "it is only clay inside and bronze outside; it has never eaten or drunk anything."
Enraged, the king called his priests and said to them, "Unless you tell me who it is that consumes these provisions, you shall die. But if you can show that Bel consumes them, Daniel shall die for blaspheming Bel."
Daniel said to the king, "Let it be as you say!"
The Book of Daniel 14:1-9
(New American Bible Revised Edition)
【流水コメント】
「ダニエル書(しょ)」の最後に収録されている、「ベルと竜(りゅう)」という話です。
このエピソードは、プロテスタント教会が使用するヘブライ語聖書には収録されていません。
ペルシア帝国のキュロス王の時代、人々は「ベル」という偶像(ぐうぞう)を拝(おが)み、毎日、大量の小麦粉、羊(ひつじ)、ぶどう酒(しゅ)を捧(ささ)げていました。
どうしてベルを礼拝しないのか、王に尋(たず)ねられた側近(そっきん)のダニエルは、「わたしは人につくられた偶像ではなく、天地を創造した神を礼拝しているからです」と答えます。
王は激怒(げきど)し、どちらが正しいのか調べさせると決めたので、ダニエルは失敗すれば死ぬ試練を与えられます。
[Ryusui’s Commentary]
This is a story titled "Bel and the Dragon," which appears at the end of the Book of Daniel.
This episode is not included in the Hebrew Bible used by Protestant churches.
During the reign of King Cyrus of the Persian Empire, the people worshipped an idol named "Bel," offering it large quantities of flour, sheep, and wine every single day.
When the King asked his close advisor, Daniel, why he did not worship Bel, Daniel replied, "I do not worship idols made by human hands; I worship the God who created the heavens and the earth."
The King was enraged and decided to investigate which side was in the right; consequently, Daniel was subjected to a trial in which failure would mean death.
ゆうさくさん、「神探偵イエス・キリストの生還 踊る暴君ヘロデ」を読了してくださり、ありがとうございます!😃ワー✨
「十字架の真実への流れが綺麗すぎる」
「巻を重ねるごとに違う風景」
「面白さが積み重なる感じ」
「大作が書けるような密室を短編で楽しめる」
「最高の一気読み」
嬉しすぎるご感想です!👏😆スゴーイ✨
ありがとうございまーす!🙌🤣ヤター✨
【きょうのポテトヘッドさん】
「きょうの旧約/新約聖句」のご感想、毎日ありがとうございます🙇♂️
心では善いことをしようと思っても、体は別のことをしてしまう、ということは、だれにでもあると思います🙂たとえば、ダイエットで食事を制限したいけど、つい食べすぎてしまう場合などもそうですね🤫
罪を犯した長老ふたりを裁くダニエルは、神の霊に動かされていました🫢ワー✨まさに、裁くのは神ですね😉
清涼院流水 Ryusui Seiryoin retweeted
きょうの旧約聖句、「邪悪な日々を重ねてきた老いぼれよ、お前が以前に犯した罪の報いが今こそ来たのだ」。きょうの新約聖句: Day 120に、わたしを拒み、わたしの言葉を受け入れない人には、その人を裁くものがある、とあるように、長老二人には、神の裁きが下ったんだろうなぁ。裁くのは神なんだな。
清涼院流水 Ryusui Seiryoin retweeted
きょうの新約聖句、要するに、わたし自身は理性では神の律法に仕え、肉では罪の原理に仕えているのです。心の中では神に仕えていると思っていても、生きている間は罪の原理に仕えているのか。だから水と聖霊によって、肉でなくなってはじめて栄光の霊体となるんだなぁ。神の国に入れるのは霊体のみか
【きょうの新約聖句: Day 313】
律法(りっぽう)が霊的(れいてき)なものであることを、わたしたちは知っています。
しかし、わたしは肉(にく)の弱さをまとった人間で、罪(つみ)に売り渡されたものです。
わたしは自分の行(おこな)っていることが分(わ)かりません。
なぜなら、自分が望(のぞ)んでいることはせず、かえって憎(にく)んでいることをしているからです。
もし、わたしが自分の望まないことをしているとすれば、わたしは律法に同意して、それを善(よ)いものと認(みと)めていることになります。
それで、そういうことを行(おこな)っているのは、もはやわたしではなく、わたしのうちに住んでいる罪なのです。
わたしは自分のうちに、すなわち、わたしの肉のうちに、善が住んでいないことを知っています。
善(よ)いことをしようという意志はありますが、行(おこな)いが伴(ともな)いません。
わたしは自分の望む善いことをせず、望まない悪いことをしているのです。
だが、もし、わたしが自分の望まないことをしているとすれば、それを行(おこな)っているのは、もはやわたしではなく、わたしの内(うち)に住んでいる罪なのです。
それで、善いことをしようと望む自分には、いつも悪(あく)があるという原理(げんり)に気がつきます。
「内(うち)なる人間」としては神の律法を喜(よろこ)んでいますが、わたしの五体(ごたい)には別の原理があって、理性の原理と戦い、そして五体の内にある罪の原理のもとに、わたしを虜(とりこ)にしていることが分かります。
わたしは何(なん)とみじめな人間でしょう。
死に定(さだ)められたこの体(からだ)から、誰(だれ)がわたしを救い出してくれるでしょうか。
わたしたちの主(しゅ)イエス・キリストを通して神に感謝します。
要(よう)するに、わたし自身は理性では神の律法に仕(つか)え、肉では罪の原理に仕えているのです。
ローマの人々への手紙 7:14-25
(聖書 原文校訂による口語訳 フランシスコ会聖書研究所訳注)
[Today’s New Testament Verses: Day 313]
We know that the law is spiritual; but I am carnal, sold into slavery to sin.
What I do, I do not understand.
For I do not do what I want; but I do what I hate.
Now if I do what I do not want, I concur that the law is good.
So now it is no longer I who do it, but sin that dwells in me.
For I know that good does not dwell in me, that is, in my flesh.
The willing is ready at hand, but doing the good is not.
For I do not do the good I want, but I do the evil I do not want.
Now if I do what I do not want, it is no longer I who do it, but sin that dwells in me.
So, then, I discover the principle that when I want to do right, evil is at hand.
For I take delight in the law of God, in my inner self, but I see in my members another principle at war with the law of my mind, taking me captive to the law of sin that dwells in my members.
Miserable one that I am!
Who will deliver me from this mortal body?
Thanks be to God through Jesus Christ our Lord.
Therefore, I myself, with my mind, serve the law of God but, with my flesh, the law of sin.
The Letter to the Romans 7:14-25
(New American Bible Revised Edition)
清涼院流水 Ryusui Seiryoin retweeted
マラソン大会に出ると、沿道からの応援の一つひとつが、力に変わるのを実感します。言葉にこめられた愛が、心に吸収され、体を動かす力に変わっていくのです。互いにエールを送り合い、人生の道のりを、共に走っていくことができますように。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
清涼院流水 Ryusui Seiryoin retweeted
こちら、まだまだお願いします!!
【よみトモ】
🌸YouTube新コーナー設立🌸
その名も「作家に聞いてみた!!」
そして「作家に聞いてみた!」
第1回のゲストはなんと!
✨清涼院流水【@Catholic_Ryusui 】先生です‼️✨
清涼院流水先生に聞いてみたいことを仕事や作品、私生活「なんでも!」このリプ欄で教えてください!!
清涼院流水 Ryusui Seiryoin retweeted
わずか2パーセントの嫌なことのために、
残り98パーセントの恵みを
台無しにする必要はありません。
嫌なことを思い返して憎しみを募らせるより、
楽しかったことを思い出して感謝しましょう。
憎しみではなく、
喜びの中で1日を終わりましょう。
『こころの深呼吸~気づきと癒しの言葉366』(教文館刊)
◆Amazon
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◆教文館
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清涼院流水 Ryusui Seiryoin retweeted
教皇庁広報省に初の女性信徒長官 メディア経験者を起用 改革の行方に注目 christianpress.jp/maria-mont… @ChriPressより
【どんな絶望の中でも前進をやめない彼のビッグマウスは、もはや魂の叫びかもしれない✨】
心身ともタフガイだと誤解されがちな流水ですが(いや、だれもタフガイだと思ってないよ?👋😅)、ささいなことで落ち込んでしまう愛すべき一面もあります(自分で言って台なし🤣)。
きのう、きょうと、久々に精神的に落ち込むことがあり、深海の底に沈んだような気持ちでしたが、その絶望の中だからこその奇跡のアイディアがひらめき、「新たな壁本(47の館&47人の犯人)」の、12番目の事件を、たったいま、書き終えました🫢エエーッ, ソウナノ?💦
どんな試練をも糧(かて)にしてしまう、彼は見上げたものだな🤔素敵だゾ✨←これダレ?😂
これまでに事件が起きた都道府県を、事件が起きた順番に、以下、頭文字でご紹介します😉(頭文字を明かすと特定されてしまう県は「秘」としました)
[11月1日現在: 事件が発生した都道府県(12/47都道府県)]
A、O、K、秘、N、I、S、G、M、H、T、F。
[アルファベット別、現在の状況(?とあるのは「秘」の県です)]
A(1/3)、C(?/1)、E(?/1)、F(1/3)、G(1/2)、H(1/3)、I(1/3)、K(1/6)、M(1/3)、N(1/4)、O(1/4)、S(1/5)、T(1/5)、W(?/1)、Y(0/3)
やばい……統計マニアであることがバレてしまうゾ……🫢💦
ちょっと精神が疲れていますが、なんとか大河ドラマまでに、あす朝の龍先生エッセイも書いてしまいたいところ……😓←心理だだもれ🤭























