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飛騨に関する資料から引用する半自動botです。出典の明記には極力努めました。引用は随時更新します。現在では不適切とされる表現も含まれますが、歴史的価値を尊重し原典通りに引用しました。ご指摘やご意見はお気軽にDMへ。 風の人と土の人が織りなす、飛騨を巡るまなざしの交錯を感じてください。

Joined January 2017
【キハ85系気動車】 JR東海の特急形気動車。1989年から高山本線で特急「ひだ」として営業運転を開始した。「ワイドビューひだ」の愛称でも知られる。座席の床が通路より一段高く、景色が楽しめるようになっている。2023年3月17日に「ひだ」の定期列車での運用は終了。
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【落合バス停】 飛騨市営バス「ひだまる」宮川線のバス停。新海誠監督の映画「君の名は。」に登場したことで有名。JR高山本線の角川駅から徒歩で行くこともできる 所在:飛騨市宮川町落合
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【国分寺三重塔】 天平13年(741年)に最初の塔が建立されたのち、数度の損傷と再建を経て、現在の塔は文政4年(1821年)に再建されたもの。当初は七重塔であったが、再建を繰り返すうちに五重、三重となった。飛騨では唯一の塔建築。 所在:高山市総和町1-83
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たゞ下呂獨自の歷史は、その儘下呂溫泉の歷史となつて來る。 下呂町役塲『湯の街下呂』(1933:2)
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文書歷史の限られた圏外に立つて、飛驒の歷史を、歷史の正しい言葉の意味に於いて見直さうとする時、金脈に充ちて、立並んだ山々の如くに飛驒は目の前に立現はれて、私たちの自由な採掘に自己を委ねるのである。 江馬修「飛驒の歷史の見方」(『ひだびと』1935.2:4)
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【臥龍桜】 樹齢1100年のエドヒガンザクラ。現在2本の桜からなるが、元は1本の桜であり龍が地に臥しているように見えることからその名が付いた。伊勢湾台風により龍の胴体にあたる部分が壊死したため2本に分かれた。 所在:高山市一之宮町275-1 臥龍公園内
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【中佐平】 高山城跡(城山公園)の一部。海軍中佐広瀬武夫の銅像がある。広瀬は幼少期を高山で過ごし、海軍兵学校入学前は高山で小学校教師を務めていた。現在ある銅像は2代目で、1代目は第二次世界大戦の際に供出された。 所在:高山市城山(城山公園内)
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【下呂町】 町名の下呂はかつて下留(しものとまり)と呼ばれていたのが音読されて「げる」となり、さらに転じて下呂(げろ)となったとされる。北部の湯之島、森、幸田地区は、日本三名泉として有名。2004年に小坂町、金山町、萩原町、馬瀬村と合併して下呂市となる。
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【旧西永家】 大野郡久々野郷渚村(現高山市久々野町渚)にあった民家。大きな軒が張り出し、やや低い二階が特長。明治から大正にかけて多く作られた形式。 所在:高山市上岡本町飛騨の里構内
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【千光寺弁天堂】 永禄年間の武田軍による千光寺の焼き討ち後、再建されたと伝わる。弁天堂に祀られる弁財天は仏教の守護神である天部の一つ。ヒンドゥー教の女神サラスヴァティーが仏教、神道に取り込まれた呼び名。 所在:高山市丹生川町下保1553
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【江馬氏館跡公園】 室町~戦国時代に北飛騨を治めた江馬氏の平時の根拠地であった館跡。庭園、会所、主門、土塀などが復元されている。庭園は中世武家屋敷のものとして希少であり、会所と共に「江馬氏館跡庭園」として国の名勝に指定されている。 所在:飛騨市神岡町殿573-1
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【八幡神社(上小鳥)】 以前は現在地から東に約30mの地点にあったが、明治40年に現在地に移築遷座した。本殿は高山の名匠水間相模の作。特殊神事として「ひねり」という舞が7年舞に奉納される。明治中頃の作と伝わる神楽台もある。 所在:高山市清見町上小鳥524
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【石仏】 大坂峠(十三墓峠)から上宝町荒原地区の集落に向かう途中にある火成岩の風化によってできた天然の石仏。高さはおよそ12m。付近には鏡岩、獅子頭岩などの奇岩が多くある。 所在:高山市上宝町荒原
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高山の町を出はづれると、路傍で松明を賣つてゐた。この松明を振り翳しつつ一之宮へ参る人々は高山から宮村まで、ひとつゞきで、宛然松明行列の觀があつた。 福田夕咲『山都年中行事』(1936:5)
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【円光寺山門】 古川町片原町にあった増島城が廃城となった際、その城門を移築したものと伝わる。移築後何回か改修を加えられ現在に至る。 所在:飛騨市古川町殿町11-11
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【一位一刀彫】 19世紀の初め、松田亮長がイチイで根付を作ったのが始まりとされる。材料にイチイを用い、木目や風合いを活かすため彩色は一切しない。
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【重山澄月の墓】 澄月は杉崎の人。19歳で高山の速入寺に入って僧侶となった。書を弘法大師流入木道51世・岩佐一亭に師事し、後継者と目された。晩年には杉崎に帰ったが、1856年に師の一亭に先立ち亡くなった。 所在:飛騨市古川町杉崎 杉崎交差点付近
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【三木祖霊社】 三木三澤は山下城城主で大幢寺中興の開基でもあったが、金森長近と戦って討ち死にした。大幢寺では三澤を弔うために大桜の下に墓を建てた。その後、大幢寺の和尚が三澤の子孫三木七郎右衛門と共に墓の傍らに祖霊社を建てた。 所在:高山市一之宮町275-1
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【金桶冨士神社】 創立年代不詳。従前より金桶村の産土神として崇敬されてきた。昭和16年に同地区の日枝神社を合祀した。祭では県指定無形文化財「金蔵獅子」の奉納がある。 所在:高山市国府町金桶1282
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【旧山下家住宅】 明治初年に白川郷新渕村(現高山市荘川町新渕)の名主の家として建てられたもの。当初は榑葺の屋根であった。昭和49年に現在地に移築された。 所在:高山市荘川町新渕53 荘川の里構内 pic.x.com/hsXGuk0PTC
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