【キハ85系気動車】
JR東海の特急形気動車。1989年から高山本線で特急「ひだ」として営業運転を開始した。「ワイドビューひだ」の愛称でも知られる。座席の床が通路より一段高く、景色が楽しめるようになっている。2023年3月17日に「ひだ」の定期列車での運用は終了。
【国分寺三重塔】
天平13年(741年)に最初の塔が建立されたのち、数度の損傷と再建を経て、現在の塔は文政4年(1821年)に再建されたもの。当初は七重塔であったが、再建を繰り返すうちに五重、三重となった。飛騨では唯一の塔建築。
所在:高山市総和町1-83
文書歷史の限られた圏外に立つて、飛驒の歷史を、歷史の正しい言葉の意味に於いて見直さうとする時、金脈に充ちて、立並んだ山々の如くに飛驒は目の前に立現はれて、私たちの自由な採掘に自己を委ねるのである。 江馬修「飛驒の歷史の見方」(『ひだびと』1935.2:4)
【臥龍桜】
樹齢1100年のエドヒガンザクラ。現在2本の桜からなるが、元は1本の桜であり龍が地に臥しているように見えることからその名が付いた。伊勢湾台風により龍の胴体にあたる部分が壊死したため2本に分かれた。
所在:高山市一之宮町275-1 臥龍公園内
【中佐平】
高山城跡(城山公園)の一部。海軍中佐広瀬武夫の銅像がある。広瀬は幼少期を高山で過ごし、海軍兵学校入学前は高山で小学校教師を務めていた。現在ある銅像は2代目で、1代目は第二次世界大戦の際に供出された。
所在:高山市城山(城山公園内)
【下呂町】
町名の下呂はかつて下留(しものとまり)と呼ばれていたのが音読されて「げる」となり、さらに転じて下呂(げろ)となったとされる。北部の湯之島、森、幸田地区は、日本三名泉として有名。2004年に小坂町、金山町、萩原町、馬瀬村と合併して下呂市となる。
【千光寺弁天堂】
永禄年間の武田軍による千光寺の焼き討ち後、再建されたと伝わる。弁天堂に祀られる弁財天は仏教の守護神である天部の一つ。ヒンドゥー教の女神サラスヴァティーが仏教、神道に取り込まれた呼び名。
所在:高山市丹生川町下保1553
【江馬氏館跡公園】
室町~戦国時代に北飛騨を治めた江馬氏の平時の根拠地であった館跡。庭園、会所、主門、土塀などが復元されている。庭園は中世武家屋敷のものとして希少であり、会所と共に「江馬氏館跡庭園」として国の名勝に指定されている。
所在:飛騨市神岡町殿573-1
【八幡神社(上小鳥)】
以前は現在地から東に約30mの地点にあったが、明治40年に現在地に移築遷座した。本殿は高山の名匠水間相模の作。特殊神事として「ひねり」という舞が7年舞に奉納される。明治中頃の作と伝わる神楽台もある。
所在:高山市清見町上小鳥524
【重山澄月の墓】
澄月は杉崎の人。19歳で高山の速入寺に入って僧侶となった。書を弘法大師流入木道51世・岩佐一亭に師事し、後継者と目された。晩年には杉崎に帰ったが、1856年に師の一亭に先立ち亡くなった。
所在:飛騨市古川町杉崎 杉崎交差点付近
【三木祖霊社】
三木三澤は山下城城主で大幢寺中興の開基でもあったが、金森長近と戦って討ち死にした。大幢寺では三澤を弔うために大桜の下に墓を建てた。その後、大幢寺の和尚が三澤の子孫三木七郎右衛門と共に墓の傍らに祖霊社を建てた。
所在:高山市一之宮町275-1
【旧山下家住宅】
明治初年に白川郷新渕村(現高山市荘川町新渕)の名主の家として建てられたもの。当初は榑葺の屋根であった。昭和49年に現在地に移築された。
所在:高山市荘川町新渕53 荘川の里構内 pic.x.com/hsXGuk0PTC




















