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東京の生活面でのリスクの多くは、【サラリーマンの振る舞い】で間違いない。それは日が暮れてから酔っぱらって暴れるとかではない。素面のサラリーマンが、それこそ通勤中にこの種の暴力沙汰を平気でやる。
いろんな人の経験談を聞いていると、総じて東京と大阪で比べたときに、東京はサラリーマンが暴行してくるから治安が悪いと思われている。東京人は大阪の方が犯罪者が多いから治安が悪いと思ってる。ということがわかってきて、やはり東京、さすが東京と思って震えている。
私もMLB見に東京駅に何年かぶりに行ったときにサラリーマンがサラリーマンに殴り飛ばされているの見た。ちょっと肩がぶつかっただけで殴り飛ばされてたし、反撃してたし、誰も止めないし、見て見ぬふりだし、地獄のような光景だった。大阪では見たことなかったのよ。真っ昼間の東京駅であんなことなるんだったらもう無理だもんね。何が悪くてあんなに一般人がギリギリで生きることになるんだろ。
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そして、戦争に敗れて帰還するロシア兵は、即座に国内での反乱分子となる。直近ではソ連末期のアフガニスタンでの敗北でも同じ事が起きた。
Replying to @WW3finalboss
I'd put another spin on it. Putin's greatest fear should be a returning Russian army, defeated and demoralised as in 1905 and 1917. The siloviki will look to their own interests if that happens
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Replying to @j3mvhu
「おもんない」は厳しい否定語である反面、「おもろい」のノリがとことん軽いあたり、関西圏の文化的なバランス感覚は最高だなと、僕は考えてるんですよね(笑)。
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新時代というか「現代」の現場発のマーケティングは、ズバリこれだ。
要は【わざわざ妙な情報は持たないに限る】。
Replying to @nikkei
顧客データを持たないことも、立派なマーケティング戦略だと思います。
データを集めれば販促の精度は高められますが、管理コストや漏洩リスクも増える。
特に飲食店では、会員情報を活用した販促より、商品や店舗体験を磨く方が再来店につながる場合もある。
何を集めるか以上に、何を集めないか。ゆで太郎の判断は興味深いです。
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今や個人情報は「爆弾」みたいなものですからね。持たないのが賢明。持たなければ、漏えいもしない。
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同感。
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「奈良パビリオン」の言葉こそが、まさしく本質だ。あの二日間に奈良で起きたのは、ズバリ【そういう事】だった。
Replying to @yamashitamakoto
これは、もう奈良パビリオンですね😃✨
食べたり飲んだり、体験したり、面白そうです。
パフォーマーの皆さんの狐の嫁入りの様な入場も、幻想的で素敵です。
またあったら、参加してみたいです🎶
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Replying to @kenitinaniwano
これ、夢洲を会場とした時点で、緯度の一致からの日想観というのは、確実に【意図的】だったと見ています。すなわち、大屋根リングとは「命輝寺(めいきじ・いのちかがやくてら)」なんです。なので、東大寺のように再建されるのは、運命だと思ってます。
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デザインを「使い捨て」とする時代は、もう終わった。デザインとは、社会の「資産」。これが今後の時代のスタンダードになる。時代は、変わった。
デザインを「使い捨て」にする時代は、もう終わりにしましょう。デザインは、つくって捨てるものではなく、「育てつづける」ものであり、社会にとっての「資産」です。「資産」とはどういうことなのか?改めて良い機会なのでしっかりと解説しておきたいと思います。(長文ですがすみません)これまで、多くの国家プロジェクトや公共プロジェクトのデザインはプロジェクトが終われば、その役割を終え、使われなくなってきました。しかし、本来デザインが生み出した価値は、プロジェクトの終了とともに失われるべきものではないと思っています。
むしろ、そこからが本当の始まりなのではないでしょうか。生み出されたデザインを死蔵させるのではなく、社会に開き、人々が自由に参加し、使い、創作し、育てていけるようにする。
そうすることで、デザインは単なる成果物から、社会に根づく「文化」へと変わっていきます。そして、文化は人々に使われ、愛され、参加されることで、さらに価値を増していく。
大切なのは、文化的価値が高まることと、経済的価値が高まることは、決して矛盾しないということです。人々の創作活動が広がれば、観光や地域産業、お土産やグッズ、さまざまな商品やサービスへと展開され、新しい経済活動が生まれていく。
そして、そこで生まれた経済的価値を、再び社会へと還元していく。
例えば、まちづくりや公共空間の整備、緑地化、次世代の教育、文化活動への支援など、未来の社会をより豊かにするために再投資する。さらに、そうした活動の社会的意義に共感する企業がスポンサーとして参加し、新しい活動を支える。
例えば、企業のスポンサーシップのあり方も、これまでとは違うものにできるのではないでしょうか。単に協賛金を出してロゴを掲出するだけではなく、企業自身がその文化を育てる当事者になっていく。
例えば、万博から生まれた「こみゃく」や「こみゃく文字」などのデザインを活用して、企業が自社の商品やグッズを制作・販売できるようにする。企業はそのデザインを通じて新しい商品価値やブランド価値を生み出し、その収益の一部を文化活動や公共的な取り組みに還元していく。
企業にとっても、単なる広告宣伝や社会貢献活動ではなく、自社の事業活動と文化的・公共的な価値の創出を結びつける、新しい参加の形になるはずです。
例えば、「大阪の未来を共につくる企業」という共通の旗印のもと、さまざまな企業が参加する仕組みをつくってもよいかもしれません。ONE OSAKAとしてのCo-Branding活動と言えると思います。
そこで生まれた資金を、環境保全や緑地化、まちづくり、次世代の教育、文化芸術活動などに再投資していく。
そして、その活動そのものを象徴する共通のデザインがあることで、企業も市民もクリエーターも、同じ未来に向かって参加できるようになる。
デザインが単なる装飾や広告のためのものではなく、異なる立場の人々をつなぎ、社会を動かす共通の旗印になるわけです。
一方で、クリエーターたちは、その文化から新しい価値を生み出しつづけていく。デザインやアート、映像、音楽、プロダクト、イベントなど、さまざまな領域で新しい表現や創作活動を展開していく。そして、そうした活動を支える仕組みも同時につくっていく。
さらに重要なのは、市民による二次創作的な活動も、これまでと同じように、いや更に自由に続けられる環境を守っていくことです。企業による商業的な活用が広がった結果、市民の自由な創作活動が制限されてしまっては、本末転倒です。むしろ、市民による自由な創作活動が文化の裾野を広げ、クリエーターによる新しい表現が文化を進化させ、企業による事業活動がその持続可能性を支える。
それぞれが異なる役割を持ちながら、互いの活動が次の活動を生み出していく。市民は自由に創作し、クリエーターは新しい価値を生み出し、企業は事業を通じて文化を支え、そこで生まれた利益が再び社会へと還元される。
文化が育つことで経済が生まれ、経済が生まれることで文化や公共がさらに豊かになっていく。つまり、文化的価値を経済的価値へとつなぎ、その経済的価値を再び公共的価値へと還元する。
この「循環そのものをデザインする」ことが重要なのだと思っています。
これまで「レガシー」という言葉は、何かを保存したり、後世に残したりする意味で使われることが多かったように思います。しかし、僕らが考えるレガシーは、単に過去の成果を保存することではありません。
レガシーとは、過去に生まれた価値が、未来の新しい価値を生み出しつづける仕組みそのものではないか。つまり、レガシーを過去の「遺産」としてではなく、未来に向けて価値を生み出しつづける「資産」として捉え直すということです。
そして、そこにはもうひとつ重要な視点があります。
それは、誰がその価値を所有し、誰が育てていくのか、という問題です。公共のデザインの価値を特定の組織や企業だけが独占するのではなく、社会に開き、多くの人がその価値を享受し、さらに新しい価値を生み出せるようにする。
「みんなのもの」にするというのは、単に無料で使えるようにすることではありません。みんなが関わり、育て、その恩恵を受け、次の世代へと受け渡していけるようにすることです。
もちろん、そのためには権利の管理や運営の仕組み、持続可能な経済モデルも必要になります。開放することと、持続可能にすること。その両方を成立させなければ、本当の意味で文化を育てつづけることはできません。
だからこそ、これまでの知的財産のあり方そのものを問い直す必要があると思っています。知的財産は、単に権利を守るためだけに存在するものではないはずです。
もちろん、創作者の権利や利益を守ることは重要です。しかし、守ることだけを目的にしてしまえば、せっかく生まれた創造性や可能性を閉じ込めてしまうことにもなりかねません。
知的財産を「価値を囲い込むための仕組み」から、「価値を育て、広げ、循環させるための仕組み」へ。そのためには、クリエーターだけでなく、法律や知的財産の専門家、行政、企業、市民など、異なる領域の人たちが協働し、新しいルールや仕組みをつくっていく必要があります。
そして、もうひとつ重要なのは、単に開放したり管理したりするだけでは、文化は育たないということです。
文化は、誰かが使い続け、新しい表現を生み出し、人々が参加し、活動を続けていくことで初めて育っていくものです。だからこそ、権利を管理するだけでなく、新しい創作を生み出し、人と人をつなぎ、活動を支え、経済を循環させることが必要になる。
僕は、こうした仕組みまで含めてヴィジョンを描き、多様な専門家と協働しデザインすることが、これからのクリエーターの重要な仕事になっていくと考えています。
デザインの仕事は、何かをつくることだけではない。
つくったものが社会の中で生きつづけ、育ちつづけ、新しい価値を生み出しつづける仕組みをつくること。
「何を残すか」ではなく、「何が生まれつづけるか」。
それこそが、これからの時代に必要な「戦略的なレガシーデザイン」なのではないでしょうか。
今回の大阪・関西万博は、僕にとって、こうした考え方を社会の中で実践する大きな機会になりました。
万博のデザインが多くの人々に愛され、二次創作が広がり、さまざまな人が自ら創作に参加するようになった。
そこでは、デザインが単なる公式の制作物という枠を超え、人々の手によって新しい表現や文化へと育っていく姿を見ることができました。
もちろん、まだ多くの課題があります。権利のあり方も、経済的な循環の仕組みも、これから考え、実践していかなければなりません。
しかし、今回の万博は、これまでの「閉じて守る」知的財産のあり方から、「開いて育てる」知的財産のあり方へ、社会が新しい一歩を踏み出す転換点になり得るものだったと思っています。
そして、この取り組みには、日本だけでなく、世界に向けても提示できる大きな可能性があると感じています。
万博は終わりました。
でも、そこで生まれたデザインや文化まで終わらせる必要はありません。
むしろ、ここからが始まりです。
デザインを「遺産」から「資産」へ。
「デザインを消費する社会」から、「デザインを育てつづける社会」へ。
「レガシーを保存する時代」から、「レガシーが新しい価値を生み出しつづける」時代へ。
そのあり方を、今後も我々一般社団法人COMMONsも社会へ向けて提言していきたいと思っています。
#COMMONs #こみゃく














