晩秋の山の情景と言うと、思い出すのが佐野匡四郎さんの大山山麓軽便鉄道(1979年、TMSの第2回レイアウトコンテスト)。
ナイロンたわしの杉、針金をねじり合わせた落葉樹の対比が素晴らしいです。制作記(TMS1980年1月号)によれば、ねじった樹木は数百本とか。
所用で伯方島に数日滞在。瀬戸内海も晩秋に差し掛かりました。広葉樹と常緑樹のコントラストがいい感じの季節です(写真だといまいちですみません)。
そんな中、庭の木にツクツクボウシがとまっていました。ちょっと観察しようかと思いましたが、そのままにしておきました。
半世紀以上前。高松のオオタ理工社のカウンターに、アサヒグラフ(だったと思う)のスクラップのファイルがありました。当時持っていたTMSでは未見の模型の写真が。
中でも平石久行さんの2800(だったと思う)の写真にくぎ付けになりました。モーターから全自作というものすごいものでした。
軽便祭は行けませんでしたが。
中学の頃、TMSの作品展で、ナローの機関車をじかに見る機会がありました。こんなに小さな機関車を、この密度で作る人がいるのか、と、びっくり。いつかこんな工作が出来るようになりたい、と思いました。’77作品展珊瑚賞 TMS1977年11月号より画像引用
昔の9mmゲージの製品、自分で手を加えてかっこよくする、という楽しみがありました。ユルイところはあったけど、基本形はよくできていましたから、色指し位で結構良くなりました。
今の製品は造形は細かくなりましたが、不満な所があっても、手を加えると逆に見苦しくなるリスクの方が高いかな。
鉄道の日。
4歳の秋から東京に住むことになり、渋谷の東急の渡り廊下?から都電ターミナルを見て大興奮したのを覚えています。とにかく渋谷駅は未来的に立体的に小僧に迫ってきました。
いつか年賀状に描いた渋谷駅(タイプ)の模型。戌年ですね。
NナローCタンク。ドームのネジで上下組み立て。
パイプから上下のネジ止めのナットを作り、ベーク板のベースに固定しました。一応回り止め、抜け止めにピンを植えています。こういうところは、細かい部品を作る工作ほど面白くないのでなかなか手を付けません。ちょっとだけ進展といったところです。
細かい部品
煙室扉の工作。ヒンジの板は、適当な帯板がなかったので、0.5の真鍮版の断面を見せることに。0.5mmのスリットは、#000の糸鋸2枚を重ねて(両端はちょっとハンダで止めて)切ると丁度の幅。
この技法、TMSの記事で見たように思うのですが、どなたの記事だったかなぁ・・・
NナローCタンク 小さい部品作り中
老眼視力の限界が来ているので、絶対に歪むのです(泣)。特に付け根が歪むのが困る。いったん平面のベース上にボイラー、煙突をネジ止めして、そこを基準に見た目で垂直を揃えていく作戦です。
完成したのもいいけど、こういう工作中の写真がなんだか楽しいな。
ハンダごてのぬくもりが恋しい季節がやってきました。
金属工作の小品でも、と、ZゲージのCタンクの下回りをいただいて、Nナローの新車を。ミニトリックスT3のようなお気楽な構造のロコがねらい。
ドームのネジで車体取り外し。こういうの好きです。
季節の変わり目。肌寒くなってくると、古いTMS広告の、摂津鉄道の風景が心に浮かびます。これから冬が来る、という気配を感じます。
模型の写真から、季節を先取りして想えるのは楽しいです。JALCOのセクションの機関庫裏の風景、平田克良さんの給水塔の明かり・・・この時期心に浮かぶ情景です。
コトデンの新車に遭遇。お尻のばんそうこうを買いに出て、そのまま瓦町駅まで散歩。新車が出たとは聞いていたので、もしや、と思いホームに入ったら、鉢合わせ。
最寄りは片原町なのですが、築港まで乗ってしまいました。そのまま遅い昼食に牛丼を食べ、晩御飯はツマミだけ。で、我が家も新車設計を。
コンテストというのも、作品を完成させて送りだしてしまうと、もう手元には、何も残らないのですね・・・(あたりまえ)。
出来上がった模型を、走らせたり、開けたり閉めたり、もちゃもちゃしたりして遊べないのが辛いw。
EF65(70も)から改造したDF50
このお二人の作品を忘れていました。銀河鉄道の柴田市蔵さん(1977年4月号)、第一回レイアウトコンテストTMS賞の新崎定勝さん(1979年1月号)。
あと、奄美屋からDF50のエッチング板キットが出ていました。発売がいつだったのかは謎です。
トミックスのDF50発売が1979年8月。それ以前のTMSのNゲージレイアウト記事に、DF50が登場することがありました。
私が憶えているのは2つ。先日ポストした「河内鉄道」と、「北摂鉄道山之辺線」(TMS1976年11月号・福田辰二さん)。無い車種は、改造で増備した時代です。
1975年頃から客車キットが出始め、普通の(オハ31以外のw)客車編成を走らせられる、と期待に溢れた時期。しかし非電化亜幹線での牽引機は、ディーゼル機の製品は皆無。DF50は、ぜひとも欲しいロコでした。
1977年の鉄道模型相談室には、こんな記事が。金属製はどなたのでしょうね。













































