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渥美清は、親しい友人にも自宅を教えなかった。
日本中が顔を知っている国民的スター。
それなのに、どこで何をしているのか、周囲の人間にはほとんど分からない。
映画『男はつらいよ』の寅さんは、
誰とでも親しくなり、余計なことまで喋る男。
ところが素顔の渥美は違った。
自分のこととなると、口を閉ざす。
そんな男にも、長年の親友がいた。
黒柳徹子である。
渥美は黒柳を「お嬢さん」と呼び、
黒柳は渥美を「兄ちゃん」と呼んだ。
まだ金のなかった頃、
二人で北京ダックを食べに行った。
ところが、肝心のアヒルを頼む金がない。
そこで黒柳は店に頼んだ。
ダックを抜いてください。
皮に味噌やネギ、キュウリだけを包んで食べた。
渥美は約束した。
いつか売れたら、本物の北京ダックを腹いっぱい食わせてやる。
やがて『男はつらいよ』が大ヒット。
渥美清は国民的スターになった。
そして、あの日の約束を果たした。
黒柳に本物の北京ダックをご馳走したのである。
渥美には、若い頃に死にかけた経験があった。
肺結核で長く入院し、
片方の肺を失っている。
療養所では、昨日まで話していた患者が、
翌朝には亡くなっていることもあった。
それでも芸人を続け、
日本中を笑わせる男になった。
晩年、渥美と連絡が取れなくなる。
一か月、二か月。
電話をしても返事がない。
黒柳は、またどこかへ遊びに行っているのだと思った。
久しぶりに会った時、
いつもの調子で問い詰めた。
「温泉かどっかに行ってたんでしょ、女かなんか連れて。そうでしょ!」
渥美は笑い出した。
「お嬢さん、あなたは本当に馬鹿ですね。温泉なんて行ってませんよ」
黒柳はますます怪しいと思った。
「嘘つき!」
箱根あたりで女と遊んでいたに違いない。
渥美は笑い続けた。
帽子を脱ぎ、ハンカチで涙を拭く。
それでも収まらず、
とうとう頭まで拭き始めた。
黒柳には、何がそんなにおかしいのか分からなかった。
実はその頃、渥美は肺がんを患っていた。
病状は深刻で、
家ではほとんど横になって過ごしていた。
外出するのは病院に行く時くらい。
女を連れて温泉どころではない。
周囲は病状を知り、気を遣っていた。
ところが黒柳だけは何も知らない。
いつも通り、浮気旅行を疑っている。
渥美は涙を流して笑った。
それから少しして、
黒柳の留守番電話に渥美の声が残された。
「お嬢さん、お元気のようですね」
そして、自分はもう駄目だと告げ、
黒柳には元気でいてほしいと伝えた。
黒柳は、また冗談を言っていると思った。
1996年8月4日。
渥美清、68歳で死去。
あの電話が、最後の連絡になった。
後に渥美の妻は、黒柳に話した。
あの頃、渥美は家で笑って話すこともなくなっていた。
そして、感謝を伝えた。
「そんなに笑わせてくださって、ありがとうございました」
思えば、渥美は昔から黒柳に、
元気でいることの大切さを話していた。
黒柳の芝居を観に来ても、
芝居の出来より元気なことを褒めた。
「元気がいちばん!」
若い頃、結核で片方の肺を失い、
死を身近に見てきた男。
日本中を笑わせながら、
自分の病気については多くを語らなかった男。
そして、その男が親友へ残した最後の言葉。
「お嬢さんはいつも、元気でいてください」
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たかだか数万円の為に成金どもの玩具になんかなっちゃ駄目よ。
仮に億積まれようが、ノーと言える強さがその後の人生を支えてくれると思う。
女として誇りとプライドを持って生きて欲しい。
もしもやらなきゃ殺すと言われたら?
日本に生まれて普通に生きて居ればそんな問答にすら巻き込まれません🐼
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集めていたインディーズのCDも好きな本も漫画も自分を構成してる小説も全部置いて逃げてきてしまったから今自分に残ってるのが創作と8年使ってない正看護師免許と珈琲を淹れる技術とヤケになって入れてきた御守りのタトゥーくらいで家も身寄りもないこの状況で此処から這い上がるのか試されている
このバンド音楽が好きなのはもとより人柄が出てるようだったな。
この曲聴くと東京で後輩と同棲してたのをなぜか思い出す。その時期だったのかな😅 youtu.be/0cNaUijM0hg
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確認不足のバチが当たりました。
台湾までギターを運ぶのに往復追加で5万円かかるそうです。
そのようなお金はもちろん有りません、
仕方がないので台湾に到着してから月琴の練習をしようと思います。




















