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ブリーダーの崩壊が続いて居ます。動物に罪はありません、取り残された19頭の小型犬に生きる場所を与えて下さい、一頭でも里親さんになって居ただけませんか?拡散希望。
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「助けてくれ」
18歳のやす子は、
そんな思いで自衛隊の門を叩いた。
14、15歳の頃には
命を落としていてもおかしくないほどの
交通事故を経験。
その後、
家庭環境や人間関係も悪化し、
親元を離れて暮らした時期もあった。
高校時代には
児童養護施設にお世話になった。
学校では仲間外れにされ、
「3年間ずっと便所でご飯を食べていた」
と明かしている。
そして18歳。
施設を出たやす子を待っていたのは、
厳しい現実だった。
保護者がいないため、
家を借りることも難しい。
生きていくために探したのは、
「衣・食・住」がそろう場所。
地元・山口で考えた選択肢は、
パチンコ店か、
自衛隊だったという。
しかしパチンコ店には不採用。
残された自衛隊へ、
「もう何も考えず、
“助けてくれ!”って思いで入った」
と振り返った。
あれから年月が流れ――
2026年。
やす子は、
かつての自分のような子どもたちのために、
ある場所を作った。
子ども食堂
「やすまったり」。
東京・葛飾区で、
高校生までの子どもたちに
週に1度、無料で食事を提供する場所だ。
しかも、
ただ「ご飯を食べられる場所」
を作ったわけではない。
子どもの頃、
家に帰りたくない時に
図書館へ逃げ込んでいたというやす子。
だから「やすまったり」には、
みんなと一緒にいるのがつらい子のために、
一人で過ごせるスペースも用意した。
かつて、
「誰か助けて」
と思いながら
生きる場所を探していた少女が、
今度は、
誰かが逃げ込める場所を
自分の手で作った。
お腹が空いたら、
ここでご飯を食べればいい。
一人になりたかったら、
一人でいてもいい。
話したくなったら、
誰かがいる。
あの日、
「助けてくれ」
と自衛隊に飛び込んだやす子は、
今、
同じように苦しむ子どもたちへ、
「ここに来てもいいよ」
と言える大人になった。
「やすまったり」という名前には、
やす子が歩いてきた人生そのものが
詰まっているのかもしれない。
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重度知的障害児を育てる当事者として、絶対に見ておきたかった映画「時には懺悔を」を鑑賞。
ここには、障害児を育てる人の全ての感情がとてもリアルに描かれていて、どんな気持ちも許されたような感覚になれた。
それは、苦しくて、悔しくて、悲しくて、切なくて、つねに「なぜこの子が?」「なぜ私が?」と戦う気持ちと、可愛くて、愛らしくて、愛おしくて、「私を選んでくれてありがとう」、「この子は一生幸せでいて欲しい」という気持ち。
登場人物の全員が、すごく不器用で、でも優しくて、みんなの心の奥にある「守りたい」「守りたかった」「守れなかった」という気持ちがしっかりと描かれていて、しばらく涙が止まらなかった。
一緒に見たきょうだい児である娘は、スクリーンの中にいたきょうだい児をどう感じたか、本当の心の奥は分からないけれど、見終えたあと、中心人物の障害児であるシンくんに対して、「すごく、可愛かったね」と言っていたことに、なんだかとてもほっとした。
うちの子は肢体不自由では無いけれど、知的障害があり、自己判断が出来ないからこそ、24時間、絶対に1人にはできない。
この環境を持つ障害児を育てる親は、実は本当にたくさんいるからこそ、より多くの人にこの作品が届いてほしいと感じた。
@tokizan_movie
tokizan.jp/
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【応援動画の削除について】
これまで、玉城デニーを応援する多くの市民の皆さまに、勇気をもって応援動画にご出演いただきました。
しかし、現在、SNS上で玉城デニー本人への誹謗中傷や事実に基づかない情報が広がるなか、その攻撃が、応援の気持ちを表明してくださった一般市民の方々にまで向けられる状況が確認されています。
実際に、ご出演いただいた方からも、個人が特定され、攻撃を受けることへの強い不安や恐怖の声が寄せられました。
私たちは何よりも、ご協力いただいた市民の皆さまの安全と安心を守ることを最優先に考え、一般市民の方々が出演する応援動画を削除することといたしました。
政治について、誰を支持するか、どのような意見を持つかは、一人ひとりの自由です。
声をあげた人を傷つけ、恐怖を感じさせるような誹謗中傷や攻撃が横行すれば、民主主義の根幹である選挙が成り立たなくなります。
決して許されません。
動画にご出演いただいた皆さまには、勇気をもって思いを届けてくださったことに、心から感謝を申し上げます。
玉城デニーは、SNSで声を上げられない人を含めて、誰ひとり取り残されない社会をめざして、最後まで頑張ります。
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我が子に「障害がある」なんてことがわかっても、絶望しない社会がいい。もちろん障害だけに限定した話じゃない。みんなの「どうしようもない」を見下すことなく、虐げることなく、「そんなこともあるよね」と柔らかく穏やかに受け入れる社会を目指していこう。やさしくして、やさしくされていこう。
障害児そのご家族への批判広がり、
悲しくなります。
心ない言葉で傷つけていいのですか?
障害児は迷惑?
困ってたら助けよう!ではなく、
来んな!負担かけんな!えっ?安楽死?😭
国連から勧告のインクルーシブ教育
多様性、共生
日本進むの??
こんなに差別あるとは!泣く
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日本の障害児教育の歴史
1900年
学校に合わない子は就学猶予・免除
↓
1947年
盲学校・聾学校・養護学校を制度化
↓
1979年
養護学校を義務化
↓
2007年
「特殊教育」から
「特別支援教育」へ
↓
2022年
国連という黒船が来る
「分離教育から転換を」
↓
2026年
中教審が目指すのは
「多様性の包摂」
子どもを学校に合わせるのではなく
多様性を包摂できるよう
学校のほうを柔軟にする
126年かけて発想は逆向きになった
それでも今なお
「一緒に学ぶのは無理」と言う
その「無理」は
分け続けてきた結末ではないのか
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国連は日本に
分離教育を終わらせる方向への転換を求めている
世界はもう
インクルーシブ教育へ動いている
なのに日本では
「通常級では無理」
「分けた方が本人のため」
という議論がまだ中心
黒船はもう来ている
それでもまだ
ちょんまげと刀のまま
やっていくつもりなのだろうか?
みんなはどう思う?
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特別支援学校の校外学習でボウリングとカラオケに行く。「ひとりずつ順番のあるあそび」はわかりやすいし、どちらも学校でみっちり練習(事前学習)できる。球を投げて、つぎの人。1曲歌って、つぎの人。ピンを倒し、歌を歌って、みんなで飲み食いするドリンクバーとフライドポテトも最高なんだ。
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「障害者にも生きる権利がある」は別に綺麗事でも何でもなく憲法や法律に裏付けられた正論で、むしろ「障害者は死ね」がとびっきりの汚言なんだよね
正論が綺麗事に聞こえるほど心が汚れきってるのはヤバい
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喫茶店で、ヘルプマークを付けたまま座っていた。
近くにいた小学生が、私を見て笑いながら言った。
「障害者じゃん。俺のほうが人権うえだわ」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
子どもの言葉だから、で済ませればいいのかもしれない。
でも、かなりしんどかった。
ヘルプマークって、好きで付けるものじゃない。
見た目では分からない事情があって、
それを毎回説明しなくてもいいように付けているだけ。
誰かより下だと示す印でも、
かわいそうな人だと示す印でもない。
ましてや、
人権に順位をつけるための印じゃない。
たぶん一番悲しかったのは、
小学生がそんな言葉を知っていたことより、
それを人に向けて使っていい言葉だと思っていたことだった。
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医療的ケア児の話題がいまSNSで話題になってる。
発端はテレビの特集だ。15分に1回のたん吸引が欠かせない難病の女の子と、その子を保育園に通わせたいと願う両親の姿が報じられた。
本来は、医療的ケア児を受け止める社会の側の準備不足を問う報道だったはずだ。
ところがこれがSNSで切り取られると、「親の自己責任」「保育園への迷惑」というバッシングが噴き出し、ついには「安楽死という選択肢について日本はもっと議論すべき」という言葉まで、本人と家族に向かって飛び始めた。
本当にあり得ないと思う。
安楽死の議論には大前提がある。本人の意思だ。あの子は死にたいなんて一言も言っていない。生きている。親も生かそうとしている。本人が望んでいない死を、周りの負担を理由に「選択肢」と呼ぶ。
それは安楽死じゃない。優生思想という。
そもそも、あの子は障害を持って生まれたくて生まれてきたわけじゃない。誰も、生まれる前に自分の体を選べない。病気も障害も、本人には一切の責任がない。
それなのに、選べなかったことを理由に「迷惑」と言われ、命の是非まで他人に語られる。こんな理不尽があるか。障害のある体に生まれるかどうかは、誰の身にも起こり得た偶然だ。あの子を責める言葉は、偶然そちら側に生まれなかっただけの人間が投げている。
これは大袈裟な話じゃない。この国は実際にやった歴史がある。
旧優生保護法だ。
1948年から1996年まで、「不良な子孫の出生を防止する」と条文に堂々と書かれた法律のもとで、障害のある人たちが本人の同意なく不妊手術をされた。
国が「この命は残すべきでない」と選別した。2024年に最高裁が違憲と断じ、国が謝罪し、補償が始まったのは、ほんの最近のことだ。
「本人の意思と関係なく、社会の負担を理由に命を選別する」。SNSで飛び交っている言葉は、あの法律を支えた考え方と同じ骨格をしている。70年やって、間違いだったと認めたばかりの道を、また歩き始めるのか。
医療的ケア児の親の大変さは、精神的にも、身体的にも、経済的にも、普通の子育ての延長線上にない。
15分に1回のたん吸引。夜もまとまって眠れない。睡眠が寸断され、体はぼろぼろになる。目を離せば命に関わるから、常に張り詰めている。ケアのために仕事を辞めざるを得ず、収入は減るのに、医療や通院や物品でお金は出ていく。
そして何より、心が揺れる。
「この子を守り抜く」と決めた翌日に、疲れ果てて「もう限界かもしれない」と思う夜が来る。わが子を心から愛しながら、同時に押し潰されそうになる。この揺れる心は、親の弱さじゃない。人間なら当たり前の反応だ。
僕はこの揺れを正直に見つめるべきだと思っている。現場で家族と接していれば、暗い気持ちが頭をよぎる瞬間があることも知っている。だからこそ言いたい。
その揺れに対する社会の答えが「子どもの死」であっていいはずがない。揺れている親に必要なのは、眠れる夜と、預けられる場所と、収入の心配をせずに済む支えだ。
15分に1回のたん吸引を、誰が担っているか。ほぼ全部、家族だ。医療的ケア児支援法ができたのは2021年。でも保育所の看護師配置も、レスパイトも、短期入所も、受け皿は自治体間で格差だらけ。国が「支援する」と法律に書きながら、実態は家族への丸投げが続いている。
「親が大変そうだから死なせてあげたら」という倒錯した優しさは、この丸投げから生まれる。制度の失敗を、命の価値の問題にすり替えているだけだ。
そして、SNSの罵声が社会の全てじゃない。社会の中には、こうした子どもたちを支援したいという人がたくさんいる。
医療的ケア児のケアを担いたいと看護や福祉の道を選ぶ人。喀痰吸引の研修を受ける職員。受け入れに手を挙げる保育士。寄付やボランティアで関わろうとする人。僕は現場でそういう人たちを何人も見てきた。
声の大きい罵倒より、静かに支えたいと思っている人のほうが、実際にはずっと多い。足りないのは善意じゃない。その善意が働ける仕組みだ。
社会保障や社会福祉は、経済の足を引っ張るお荷物じゃない。資本主義を土台で支えているのが社会保障であり、社会福祉だ。
ケアを社会が引き受けるから、家族は働きに出られる。病気や障害で全てを失う恐怖がないから、人は挑戦し、消費し、経済が回る。この土台を「無駄」と呼んで削れば、家族は介護離職し、労働力は消え、市場は縮む。
命を守ることと経済を回すことは、対立していない。
議論すべきは安楽死じゃなく、医療的ケア児のケアを親任せにせず、社会で支える仕組みの充実だ。医療的ケア児に対応できる児童発達支援、短期入所、看護師を置いた保育の場。
喀痰吸引等研修を受けた職員を増やすこと。報酬上も医療的ケア児への対応は評価される仕組みがもうある。やらない理由は「難しそう」という思い込みだけだ。
僕自身、その観点から障害児のショートステイを運営している。親が数日眠れるだけで、家族は続けていける。医療的ケア対応型GHもやっている。従兄弟はALS患者だ。医療的ケアがあっても地域で生きられる。
家族が限界なら、支えを増やすのが福祉だ。本人を消すことじゃない。
大変そうな命に社会が慣れて、死を合理的な選択肢として語り始めたら、次に値踏みされるのは高齢者で、障害者で、いずれ全員だ。
旧優生保護法の反省はそのためにある。
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重度障害児に安楽死をって人何人も見かけるし、その人達は「綺麗事ではなく辛い現状にある介護する側の両親の事を考えてそう言ってる」を理由として言う。
これに対して僕は「じゃあなぜ自分の意志でもなく未来を奪われる障害児の気持ちは考えない?」といつも思う。マジで疑問。どう思いますか?




























