
「生きるヒント」を偉人から!伝記作家、偉人研究家、芸術修士(MFA)。業界誌編集長から40歳で専業作家へ。4児の父。20万部突破の『ざんねんな偉人伝』シリーズほか、著作は60冊以上。東洋経済オンラインアワード2024でロングランヒットを受賞し、メディア出演や講演も多数。依頼は[email protected]
Joined November 2010
- Tweets32.1K
- Following613
- Followers2.2K
- Likes15.4K
真山知幸(著述家・偉人研究家・伝記作家/『ざんねんな偉人伝』) retweeted
フレディもいる!🎶
猫のためなら道をゆずる 猫が好きすぎてヤバい偉人たち amzn.asia/d/09pv6HgI
記事を書きました!よろしくお願いします~。
朝ドラ《ブラッサム》13歳で結婚して"わずか10日"で逃げ帰った、宇野千代の「最初の結婚生活」と理不尽すぎる父の態度 #ブラッサム
toyokeizai.net/articles/-/96…
真山知幸(著述家・偉人研究家・伝記作家/『ざんねんな偉人伝』) retweeted
「長くしゃべらない」「同じことを繰り返さない」「早口でしゃべらない」「抑揚をつける」「重要なポイントでは、それとなく改まった雰囲気を醸し出す」といった技を身に付けた。某歴史番組に出ているビジネス経験のある作家たちが全く意識せずにしゃべっているのを見て、やはり経験は大切だと思った。
真山知幸(著述家・偉人研究家・伝記作家/『ざんねんな偉人伝』) retweeted
世界史の山本直人先生が『猫が好きすぎてヤバい偉人たち』(宝島社)をご紹介してくれました!ありがとうございます!発売直後ですが、猫がヤバいくらい好きな方々にドシドシ支持されている模様……ぜひ、猫偉人ワールドへ~!
真山知幸先生の新刊『『猫が好きすぎてヤバい偉人たち』(宝島社)をご恵投いただきました。
何を隠そう、ぼくも猫が好きすぎてヤバい人間ですし、妻も娘も猫が好きすぎて喜んでます。猫が好きすぎてヤバいフォロワーの皆様、ぜひ!!!
#猫が好きすぎてヤバい偉人たち
@mayama3
世界史の山本直人先生が『猫が好きすぎてヤバい偉人たち』(宝島社)をご紹介してくれました!ありがとうございます!発売直後ですが、猫がヤバいくらい好きな方々にドシドシ支持されている模様……ぜひ、猫偉人ワールドへ~!
真山知幸先生の新刊『『猫が好きすぎてヤバい偉人たち』(宝島社)をご恵投いただきました。
何を隠そう、ぼくも猫が好きすぎてヤバい人間ですし、妻も娘も猫が好きすぎて喜んでます。猫が好きすぎてヤバいフォロワーの皆様、ぜひ!!!
#猫が好きすぎてヤバい偉人たち
@mayama3
思わぬ反響にびっくり!忙しい方のために、言いたかったことの一つを、下記に凝縮します……
「他人の芸を見て、 あいつは下手だなと思ったら、 そいつは自分と同じくらい。 同じくらいだなと思ったら、 かなり上。 うまいなあと感じたら、 とてつもなく先へ行っている」(五代目 古今亭志ん生)
サッカーのJ2の審判のレベルがうんぬんが話題になっているので、つい思い出す日々がありまして。もちろん、全く違う次元の話ですから、単なる連想としてね。
長男が2歳からサッカーをやっていて、高校生になった今も続けているのですが、小学生のサッカー部にいたとき、私が審判をやっていた時期があります。
ほかのチームはコーチが審判をすることが多かったんですけど、うちは「有志の保護者(父親)が審判をやります」というチームだったんですね。
それが嫌でほかのチームに子どもを入れる家庭もあったくらいなんですが、やっぱり放課後、そのまま小学校のグラウンドを使えるのが大きくて。学校の友達もできるのは良いよね、ってことで、そのチームに。
それでも初めは逃げていたんですよ、審判。だって大変じゃないですか。選手は子どもなんでまだいいんですが、保護者から判定について文句も言われそうですしね。
でも子どもが小学3年生くらいのときかな。成り手も不足していたので、私は経験者ということもあり、引き受けました。いや、逃げられなかったんです。腹をくくって、4級審判をとって、黒い服を着て、ホイッスルを吹いていましたねえ。
もちろん、審判の資格をとったからといって、公式戦でいきなり笛を吹くわけではありません。チーム内の練習試合で、審判をやってみて練習を重ねます。
みんなパパさんが緊張した面持ちで、グラウンドを駆け回る姿を今も思い出しますね。サッカーのグラウンドは広いですから大変。
しかも、小学5年生くらいまでは一審制なんです。つまり、ラインズマンがいない。審判が一人で全部、見るんです!オフサイドから得点まで、すべてを見る。
当然、向こう側のライン際とか見えない時もあるわけですが、そこは選手たち同士、フェアプレイの精神で、という不文律がありましたね。
しかし、審判は緊張しましたねえ。まずは、どのチームがどちら側のゴールに攻めるかをしっかり頭に入れる。スローインのジャッジなんて、簡単そうじゃないですか。傍から見たら。でもね。
「Aチームの選手にあたってラインを割ったときは、Bチームのスローインとなるので、Bチームの攻める方向をフラッグで指す」
これがね、私はめちゃくちゃ苦手だった……。頭が混乱するんですね。なので、考え方を変えて「ボールを出したチームのゴールキーパーがいるほうを、フラッグで指す」というふうに覚えました。もちろん、これはコツを教えてもらったんです。
まあでもそんなふうにしなくても、自然にできるパパさんもいます。サッカー未経験のパパも審判にはたくさんいて、みなさん、よく勉強されて立派でしたねえ。
パパ審判はみんな仲間ですからね。ジャッジをいろいろ振り返って、あーだこーだというわけです。もちろん、大半は「あのときはどうすべきだったんだ……」という、悩みですよね。意見交換しながら「じゃあ、次からはこうしよう」と。その繰り返しです。
指導のためにOBの審判パパが来てくれていて。練習試合のあと
「〇〇は良かったですね。よくあそこの判断できました。ちなみに、後半のあのシーンは、なぜあのジャッジを?」
みたいな、振り返りがあって「わー!そうですよねえ」なんてやりとりが。反省ポイントをノートにまとめているパパもいましたね。
僕なんかが、試合で多かったのは「なぜ、あんなジャッジをしたんだ!」という、咄嗟に出てしまった不可解なジャッジです。保護者から「違うでしょ!」という声が聞こえたこともありました……。
そんなときは「わ!ごめん!間違えたかも!え、どうだろう!?」と内心めちゃくちゃ動揺しながらも、涼しい顔でグランドを駆け回り、審判を続けなければなりません。そしてあとで、ものすごく落ち込む。
試合後に「やらかしました……」とパパ友に説明して「いやあ、ありますよ、私も……」「わかるなあ」
なんてね。慰め合ったりして。
審判生活で一番の思い出は、公式戦の決勝戦の笛を吹いたこと。「まじかよー!」とびびりましたね。緊張感も違いますし、なんか整列の仕方もいつもと違ったりして。しかも同点のまま、PK戦までもつれこんだんですよ!
試合後、保護者のみなさんからたくさん労われました。そんな緊張感を味わいながらも、我が子の試合のとなれば、全身全霊で応援する。祈るような気持ちでね。
応援に熱が入ってしまい「あ、今のジャッジどうなんだ!?」と思ったりもするけど、そんなときに、審判経験者はぐっと堪えますね。正確には、批判できなくなるといいますか。
そんな審判パパ友たちとは、いまだに縁が続いていて、今年も年の瀬には飲み会を予定しています。さすがに、審判の話はもうしませんけどね😅
お城巡りとご一緒にぜひ~!
お城の見どころは、天守だけじゃない。
立地や仕掛け、意外な歴史を知ると、次の城巡りがもっと面白くなる。
『ウソみたいだけど本当にあったへんな城』
真山知幸・著
amazon.co.jp/dp/4801308406
真山知幸(著述家・偉人研究家・伝記作家/『ざんねんな偉人伝』) retweeted
「農作業しないで書物ばっかり読んで……」
「四書五経を読まずに娯楽小説なんて読んで……」
「このご時世に大衆映画なんかに夢中になって……」
「くだらない雑誌なんて読んで……」
「字の本を読まずにマンガばっかり読んで……」
「テレビばっかり見てほんとに……」
「ゲームばっかりして……」
「インターネットばっかりして……」
「Youtubeばっかり見て、ほんとに……」
「ショート動画ばっかり見て……」
真山知幸(著述家・偉人研究家・伝記作家/『ざんねんな偉人伝』) retweeted
サッカーのJ2の審判のレベルがうんぬんが話題になっているので、つい思い出す日々がありまして。もちろん、全く違う次元の話ですから、単なる連想としてね。
長男が2歳からサッカーをやっていて、高校生になった今も続けているのですが、小学生のサッカー部にいたとき、私が審判をやっていた時期があります。
ほかのチームはコーチが審判をすることが多かったんですけど、うちは「有志の保護者(父親)が審判をやります」というチームだったんですね。
それが嫌でほかのチームに子どもを入れる家庭もあったくらいなんですが、やっぱり放課後、そのまま小学校のグラウンドを使えるのが大きくて。学校の友達もできるのは良いよね、ってことで、そのチームに。
それでも初めは逃げていたんですよ、審判。だって大変じゃないですか。選手は子どもなんでまだいいんですが、保護者から判定について文句も言われそうですしね。
でも子どもが小学3年生くらいのときかな。成り手も不足していたので、私は経験者ということもあり、引き受けました。いや、逃げられなかったんです。腹をくくって、4級審判をとって、黒い服を着て、ホイッスルを吹いていましたねえ。
もちろん、審判の資格をとったからといって、公式戦でいきなり笛を吹くわけではありません。チーム内の練習試合で、審判をやってみて練習を重ねます。
みんなパパさんが緊張した面持ちで、グラウンドを駆け回る姿を今も思い出しますね。サッカーのグラウンドは広いですから大変。
しかも、小学5年生くらいまでは一審制なんです。つまり、ラインズマンがいない。審判が一人で全部、見るんです!オフサイドから得点まで、すべてを見る。
当然、向こう側のライン際とか見えない時もあるわけですが、そこは選手たち同士、フェアプレイの精神で、という不文律がありましたね。
しかし、審判は緊張しましたねえ。まずは、どのチームがどちら側のゴールに攻めるかをしっかり頭に入れる。スローインのジャッジなんて、簡単そうじゃないですか。傍から見たら。でもね。
「Aチームの選手にあたってラインを割ったときは、Bチームのスローインとなるので、Bチームの攻める方向をフラッグで指す」
これがね、私はめちゃくちゃ苦手だった……。頭が混乱するんですね。なので、考え方を変えて「ボールを出したチームのゴールキーパーがいるほうを、フラッグで指す」というふうに覚えました。もちろん、これはコツを教えてもらったんです。
まあでもそんなふうにしなくても、自然にできるパパさんもいます。サッカー未経験のパパも審判にはたくさんいて、みなさん、よく勉強されて立派でしたねえ。
パパ審判はみんな仲間ですからね。ジャッジをいろいろ振り返って、あーだこーだというわけです。もちろん、大半は「あのときはどうすべきだったんだ……」という、悩みですよね。意見交換しながら「じゃあ、次からはこうしよう」と。その繰り返しです。
指導のためにOBの審判パパが来てくれていて。練習試合のあと
「〇〇は良かったですね。よくあそこの判断できました。ちなみに、後半のあのシーンは、なぜあのジャッジを?」
みたいな、振り返りがあって「わー!そうですよねえ」なんてやりとりが。反省ポイントをノートにまとめているパパもいましたね。
僕なんかが、試合で多かったのは「なぜ、あんなジャッジをしたんだ!」という、咄嗟に出てしまった不可解なジャッジです。保護者から「違うでしょ!」という声が聞こえたこともありました……。
そんなときは「わ!ごめん!間違えたかも!え、どうだろう!?」と内心めちゃくちゃ動揺しながらも、涼しい顔でグランドを駆け回り、審判を続けなければなりません。そしてあとで、ものすごく落ち込む。
試合後に「やらかしました……」とパパ友に説明して「いやあ、ありますよ、私も……」「わかるなあ」
なんてね。慰め合ったりして。
審判生活で一番の思い出は、公式戦の決勝戦の笛を吹いたこと。「まじかよー!」とびびりましたね。緊張感も違いますし、なんか整列の仕方もいつもと違ったりして。しかも同点のまま、PK戦までもつれこんだんですよ!
試合後、保護者のみなさんからたくさん労われました。そんな緊張感を味わいながらも、我が子の試合のとなれば、全身全霊で応援する。祈るような気持ちでね。
応援に熱が入ってしまい「あ、今のジャッジどうなんだ!?」と思ったりもするけど、そんなときに、審判経験者はぐっと堪えますね。正確には、批判できなくなるといいますか。
そんな審判パパ友たちとは、いまだに縁が続いていて、今年も年の瀬には飲み会を予定しています。さすがに、審判の話はもうしませんけどね😅
これ、すごいな……怖すぎる
まるで某ガイドのアドバイザーみたいだ……おっと、誰かきたようだ……。
遺跡ガイドの説明が自論と違い憤慨か…ガイド男性を車で引きずり頭を打って出血 85歳男を殺人未遂容疑で逮捕 静岡・富士宮市の人穴富士講遺跡(静岡朝日テレビ)
#Yahooニュース
news.yahoo.co.jp/articles/a6…
「農作業しないで書物ばっかり読んで……」
「四書五経を読まずに娯楽小説なんて読んで……」
「このご時世に大衆映画なんかに夢中になって……」
「くだらない雑誌なんて読んで……」
「字の本を読まずにマンガばっかり読んで……」
「テレビばっかり見てほんとに……」
「ゲームばっかりして……」
「インターネットばっかりして……」
「Youtubeばっかり見て、ほんとに……」
「ショート動画ばっかり見て……」
サッカーのJ2の審判のレベルがうんぬんが話題になっているので、つい思い出す日々がありまして。もちろん、全く違う次元の話ですから、単なる連想としてね。
長男が2歳からサッカーをやっていて、高校生になった今も続けているのですが、小学生のサッカー部にいたとき、私が審判をやっていた時期があります。
ほかのチームはコーチが審判をすることが多かったんですけど、うちは「有志の保護者(父親)が審判をやります」というチームだったんですね。
それが嫌でほかのチームに子どもを入れる家庭もあったくらいなんですが、やっぱり放課後、そのまま小学校のグラウンドを使えるのが大きくて。学校の友達もできるのは良いよね、ってことで、そのチームに。
それでも初めは逃げていたんですよ、審判。だって大変じゃないですか。選手は子どもなんでまだいいんですが、保護者から判定について文句も言われそうですしね。
でも子どもが小学3年生くらいのときかな。成り手も不足していたので、私は経験者ということもあり、引き受けました。いや、逃げられなかったんです。腹をくくって、4級審判をとって、黒い服を着て、ホイッスルを吹いていましたねえ。
もちろん、審判の資格をとったからといって、公式戦でいきなり笛を吹くわけではありません。チーム内の練習試合で、審判をやってみて練習を重ねます。
みんなパパさんが緊張した面持ちで、グラウンドを駆け回る姿を今も思い出しますね。サッカーのグラウンドは広いですから大変。
しかも、小学5年生くらいまでは一審制なんです。つまり、ラインズマンがいない。審判が一人で全部、見るんです!オフサイドから得点まで、すべてを見る。
当然、向こう側のライン際とか見えない時もあるわけですが、そこは選手たち同士、フェアプレイの精神で、という不文律がありましたね。
しかし、審判は緊張しましたねえ。まずは、どのチームがどちら側のゴールに攻めるかをしっかり頭に入れる。スローインのジャッジなんて、簡単そうじゃないですか。傍から見たら。でもね。
「Aチームの選手にあたってラインを割ったときは、Bチームのスローインとなるので、Bチームの攻める方向をフラッグで指す」
これがね、私はめちゃくちゃ苦手だった……。頭が混乱するんですね。なので、考え方を変えて「ボールを出したチームのゴールキーパーがいるほうを、フラッグで指す」というふうに覚えました。もちろん、これはコツを教えてもらったんです。
まあでもそんなふうにしなくても、自然にできるパパさんもいます。サッカー未経験のパパも審判にはたくさんいて、みなさん、よく勉強されて立派でしたねえ。
パパ審判はみんな仲間ですからね。ジャッジをいろいろ振り返って、あーだこーだというわけです。もちろん、大半は「あのときはどうすべきだったんだ……」という、悩みですよね。意見交換しながら「じゃあ、次からはこうしよう」と。その繰り返しです。
指導のためにOBの審判パパが来てくれていて。練習試合のあと
「〇〇は良かったですね。よくあそこの判断できました。ちなみに、後半のあのシーンは、なぜあのジャッジを?」
みたいな、振り返りがあって「わー!そうですよねえ」なんてやりとりが。反省ポイントをノートにまとめているパパもいましたね。
僕なんかが、試合で多かったのは「なぜ、あんなジャッジをしたんだ!」という、咄嗟に出てしまった不可解なジャッジです。保護者から「違うでしょ!」という声が聞こえたこともありました……。
そんなときは「わ!ごめん!間違えたかも!え、どうだろう!?」と内心めちゃくちゃ動揺しながらも、涼しい顔でグランドを駆け回り、審判を続けなければなりません。そしてあとで、ものすごく落ち込む。
試合後に「やらかしました……」とパパ友に説明して「いやあ、ありますよ、私も……」「わかるなあ」
なんてね。慰め合ったりして。
審判生活で一番の思い出は、公式戦の決勝戦の笛を吹いたこと。「まじかよー!」とびびりましたね。緊張感も違いますし、なんか整列の仕方もいつもと違ったりして。しかも同点のまま、PK戦までもつれこんだんですよ!
試合後、保護者のみなさんからたくさん労われました。そんな緊張感を味わいながらも、我が子の試合のとなれば、全身全霊で応援する。祈るような気持ちでね。
応援に熱が入ってしまい「あ、今のジャッジどうなんだ!?」と思ったりもするけど、そんなときに、審判経験者はぐっと堪えますね。正確には、批判できなくなるといいますか。
そんな審判パパ友たちとは、いまだに縁が続いていて、今年も年の瀬には飲み会を予定しています。さすがに、審判の話はもうしませんけどね😅










