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これについては、私は何度も講演したり執筆したりしていますが、英語が読めるようでしたら、このエッセイを一読ください。世代を超えて繰り返す「ガラスの天井(女性研究者への差別)」を鮮やかに記したコラムです。
straight.com/news/937181/jen…
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和装で猛暑日だったしドレスでも着物でも来てくれるだけで嬉しいと伝えてあったけど、みんな着物で参列して
華を添えてくれてすごく嬉しかったよ🌼(時間もお金もドレスよりかかるのに💦)
2次会も露出OKむしろ出したければ乳も足も出していいよ🤣と伝えてたから1日中写真映えてた🎀(自分はドデカリボンだしw)
爆美女バリキャリ経営者の自慢の友達たち
華やかすぎて旦那側の友達はビビってたけど、両家に褒められた☺️👘
友達に地味で来いだなんて思わない😀
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Replying to @47news_official
くそー今度は何曜日の何時ころに家にいるとかそういう情報がもれたのか
逆にいない時間帯がバレるぞ
おちおち仕事にもいけなくなるからみんな家を守るためにクリスマスまで休みにしていいんじゃない?
佐川さん全国に休みをお願いします
我が家の針山は昔面白い後輩にもらったコレなんだけど、次女が今日「針山は普通こういうデザインだと思ってたから、みんなの使ってるのを家庭科で見てビックリした😮」って。ありがとう、イソ😆コレが普通なわけあるかい!
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敬愛する書「定本 育児の百科」(松田道雄)から。
“母親が外に出て働くことを、子どもを犠牲にしてるとか、母親のわがままだなどと考えるのは根本的な誤りである。
朝、保育所の玄関で子どもが泣いてすがりつくのを見てら胸を引き裂かれるような思いで仕事に向かうお母さんは多いだろう。しかし、母親の姿が見えなくなれば、子どもはすぐに涙を拭いて友達の輪の中へ入っていく。
保育所は、家庭のやむを得ぬ代用品ではない。子どもにとっては、家庭という狭い殻を破って飛び出す、最初の社会生活の場である。親ひとりだけの偏った愛情ではなく、集団の中で友達とぶつかり合い、自己を主張し、時には我慢することを学ぶ。それは家庭の中だけでは決して与えられない、豊かな教育の場なのだ。母親は引け目を感じるどころから胸を張って仕事に出かければよい”
先生の愛情に胸を打たれる。書き写しながら涙ぐむ。みんな、大丈夫。お母さんも、お父さんも、胸を張って仕事に出よう!
#部長のリアル
amzn.asia/d/03AYyKXb
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私は勉強より家事しなさいと言われ、朝ご飯やお弁当を作り、その間弟は勉強してる
これ、私高三、弟中三の時の話
私と弟が共通して受けている模試が進研なのでそれで比較すると、私が1番苦手で弟が1番得意な数学が私は偏差値60、弟は偏差値55
弟は広大の理か工に進みたいらしい
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ご返信遅れました。同じ経験をした妻と話をした上でご返答します。
「仕事、家事、子育て、全力でやっても100点はとれず、それぞれ悔いなかがら日々をお過ごしになられていると思います。
どれか一つに集中したとて100点が難しいのに、3教科で100点を取るのは無理です。それぞれ40点でも120点です。それだけで貴方は偉く尊い。
こんなこと言われても、なんの救いにもならず、分かっていても自分を責めてしまう、あなた。
私の願いは一つです。誰でも良い、その辛さを吐き出せる人、場所、機会に恵まれますように。
私はためてしまい辛かった。あなたもそれを吐き出せる場所がなくつらいのだと思います。
夫でも友人でも、誰でもいいので、自分が辛いこと吐き出してください。何か解決なんてしなくていい。ただ吐き出すだけで、その苦しみが少しでも軽くなるのであれば、吐き出しましょう。
子育ては待ったなしでプレッシャーに押しつぶされそうなあなた。何度でも言います。あなたは尊く、あなたは頑張っている。だから、大丈夫。
大丈夫ですよ。私にだってできたのだから」
とのことでした。
何か力になれるでしょうか?
ここに吐き出してくれてありがとうございます。
しんどい時、しんどくない時でも構いません。どうぞ吐き出しに来てくださいね。
#部長が答える #妻が答える

ALT 第二子育休から復職して5ヶ月ほど経ちました。 復職に伴い異動となり、全く未経験の仕事にアサインされました。 産休前は別の部署でチームリーダーを任されており、それなりに貢献できていたことと思います。(子供が1人だったこともあり、時短は取らずに仕事をしていました) 第二子行く復職後、平日はワンオペなことが多く、私が時短勤務にして子供たちの迎えや夜ご飯の対応を1人でしています。 業務時間外で自分なりに専門書を読んだりセミナーに出たりしたものの、周りの同僚に比べて業務知識が圧倒的に不足しており、判断も上手く出来ず、周囲の視線も少しずつ冷たくなってきた気がしています。 今が踏ん張り時で、少しずつでも努力を続ける他ないとは分かっていても、保育園に向かう帰りの電車の中で思わず涙が止まらなくなることもあり、どうしたら気持ちが楽になるのか分からず相談させていただきました。
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本当にこれ(女だからと工学部反対されたけど、女子枠の話したら、女の子向けのがあるならいいんじゃない?って言われた女です)
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Replying to @mika_geishi2
周りにも居ます
娘を自分より高学歴にしたくないお父さん
弟より姉を高学歴にしたくないお母さん
小さい時から女の子なんだから勉強より愛嬌という祖父母
たまたま会った知人レベルでも、女の子なんだから勉強しなくて良いねとか言う
こういう人がお金を握ってた場合、厳しいですね
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Replying to @KeikoUTorii
「結婚と子育ての普通の道筋」を選ばずにあえて研究者になろうとする若い女性はその時点で自分はパイオニアで特別だと思ってしまっているので、自分の世代は違うと思込みがちなんですよね。そして、学校教育の場の経験から個人の努力で一点突破する英雄的な視点も持ちがち。
と、昔の自分を顧みてます
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このエッセイ、是非とも読んで欲しいので、全文、日本語訳にしました(自動翻訳後、ニュアンスを私自身が意訳しています)
〜〜Jennifer Berdahl: シニア女性大学教員に貼られるレッテル「クレイジー・ビッチ」の筋書き〜〜
私が大学院生だった頃、所属していた学科には、ベテランの女性教員がほとんどいなかった。そして、その数少ないシニア女性教授たちには、一人ひとりにまつわる、もっともらしい「評判」があった。
あるシニア女性教員は「クレイジー(頭がおかしい)」と言われていた。なぜそう言われるのか、私には結局よくわからなかった。ただ、ひそひそと噂が飛び交い、「あの人には近づくな」「一緒に研究するのはやめておけ」と忠告された。彼女には優れた研究業績がいくつもあったのだが、その功績は陰では「共著者がすごかったから」、とされていた。
もう一人のシニア女性教員は、「ビッチ(性悪女)」と呼ばれていた。フェミニズム研究の「ごく狭い」分野では有名だったけれど、それも、まだ誰も手をつけていないテーマにたまたま目をつけたからで、楽に成果を手に入れただけだと言われていた。彼女が職を得られたのも、学科が彼女の夫を採用したかったからであって、本人にはそのポストにふさわしい実力などなく、自分でもそれをわかっているのだ、という話だった。
一方、若手の女性教員たちは、もっと好意的に見られていた。将来有望で、親しみやすく、学科のためによく働く、模範的な同僚たちだと。
ただし、一部のシニア男性教員によれば、そんな若手女性にも、将来の成功を阻む「問題」があった。
例えば、テニュア(終身在職権)を得る前に子どもを産んだ女性。せっかくの「期待の星」も、これで輝きを失うに違いない、と言われていた。
また、ある黒人女性教員は、「アファーマティブ・アクション枠で採用された人」と見なされていた。この町には黒人の専門職が少ないから、いずれ別の大学へ移ってしまうだろう、というのだ。
少なくとも、そういう筋書きが語られていた。
若手の女性教員たちは、たいていシニア女性教授と距離を置いていた。シニア女性たちの側も、若手を助けようとしているようには見えなかった。シニア女性教授たちは、「競争心が強く、自己中心的で、若い女性たちに嫉妬しているし、自分の立場を脅かされることを恐れている」、と考えられていた。
私たちの中には、そんな彼女たちの悪評を、もう少し同情的に解釈する者もいた。きっと世代の違いなのだろう、と。
彼女たちが若かった頃、男性優位の世界で生き残り、成功するのはさぞ大変だったはずだ。だから、強情で、冷徹で、自己中な人間にならざるを得なかったのだろう、と。
その後、私は別の分野、別の学部、別の大学で助教になった。
そこでも、所属グループのシニア女性教授の一人は「ビッチ(性悪女)」、もう一人は「クレイジー(頭のおかしい女)」という評判だった。学部内にいたほかの数少ないシニア女性教員も、どうやらこのどちらか、あるいは両方に分類されていた。
彼女たちについて、人々は実に無礼なことを平然と口にしていた。
「40歳を過ぎるまで子どもを産まなかったんだって。なんて打算的で冷徹な女なんだろう」
「発表の場に、あんな男を誘うようなスーツを着てくるなんて、いったい何を考えているんだ?」
「あの人が論文をたくさん出して、テニュアまで取れたのは、男性の指導教員や共著者のおかげだよ。本人には実力なんてない」
「あの人、授業ではビデオを流しているだけらしいよ」
「あの人は学生に陰謀論を吹き込んで、ほかの教員に反感を持たせようとしている」
そんな話が、次から次へと出てきた。
若手女性教員だった私は、次第に彼女たちを嫌悪し、尊敬する気持ちを失い、距離を置くようになった。
学科の「重要人物」であるベテラン男性教員たちは、私のことを気に入ってくれているし、評価もしてくれている。同期の同僚たちも同じだ。私はそう信じていた。
そして、私たち次の世代がテニュアを取る頃には、学科の文化も変わっていくだろう、と考えていた。
その後、私は再び別の大学に助教として移った。着任当初、その学科にはシニア女性教授が一人もいなかった。
ところが、自分自身が准教授、そして教授へと昇進していくにつれ、私は裏切りとしか思えないような、ひどい仕打ちを目の当たりにし、また自ら経験することになった。
会議で発言がどれだけ尊重されるか。指導や助言を受ける機会。給与。研究やキャリアのチャンス。問題が起きたときに好意的に解釈してもらえるかどうか。内輪の重要な情報にアクセスできるかどうか。
あらゆる面で、不平等があった。
そして、私より若い男性教員たちが、私と同時に、あるいは私より早く昇進していくのを見た。
大学院生や若手教員だった女性たちが、希望を失い、研究の道を諦め、大学を去り、あるいは事実上追い出されていく姿も見てきた。
私は、目の前の不公正に対して声を上げた。
そして、研究業績を積み重ねていくにつれ、周囲からの私の扱いは変わっていった。
かつては将来を期待される、かわいらしい「妹」だったのに、いつの間にか煙たがられる「ウザいおばさん」となり、テニュアを取った後には、忌み嫌われる「クソババア」のような存在になっていた。
ある男性同僚は、私に向かって「いかにもお母さんって感じの見た目だね」と言った。
また、私が助教だった頃には私自身にも私のキャリアにも関心を示していた別の男性同僚は、私が教授に昇進した後、こう言い放った。
「君はもう、俺にとっては女じゃないよ」
(注:原文では、女性器を意味する極めて下品な言葉を使った、もっと侮辱的な表現)
こうした疎外や中傷から逃れられた女性がいるとすれば、それは、従順で協調的な「かわいらしい妹」という役柄を演じ続けることに成功した女性たちだけのように思えた。
物の言い方、つまり「口の利き方」をわきまえ、周囲と波風を立てず、媚びたり、みんなに合わせる「チームプレーヤー」であり続けた女性たちだ。
そして今、私は男性が圧倒的多数を占める学科で、数少ないシニア女性教授の一人になった。
今や私自身が、「ビッチ(性悪女)」であり、「クレイジー(頭のおかしい女)」であり、あるいは「忌み嫌われるババア」なのだ。
大学院生だった頃から四半世紀が過ぎた。
それなのに、語られる筋書きは何一つ変わっていない。
変わったのは、登場人物の名前だけだ。
私は職場におけるジェンダーの問題を専門に研究している。本来なら、この問題がいかに根深く、簡単には変わらないものであり、自分自身も決して例外ではないことを理解しているべきだった。
性差別が存在する環境における「クイーン・ビー(女王蜂)現象」、女性同士の競争や排除、権力を持つ女性、そして女性同士の足の引っ張り合いについての研究は、この問題を明確に示している。
それなのに私は、自分たちの世代だけは違う、時代は変わる、自分だけは先輩女性たちと同じ運命をたどらずに済む、と思い込んでしまったのだろう。
今、かつてのシニア女性教員たちを思い返すと、胸に浮かぶのは同情と罪悪感だ。
どうして私は、あの集団的なバッシングに乗せられてしまったのだろう。
どうして、そこに潜む女性蔑視に気づかなかったのだろう。
なぜ私まで一緒になって彼女たちに厳しい目を向け、根も葉もないかもしれない噂を、あんなにも簡単に信じてしまったのだろう。
私が若かった頃のシニア女性教員の一人は、若くして亡くなった。二人は異例なほど早く退職し、一人は学術界を去った。ほかにも、研究環境や評価の面で恵まれない大学へ移った人たちがいた。
それでも、何人かは踏みとどまった。研究に生きがいを見いだし、学科の外に理解し支えてくれる仲間を見つけ、どうにか研究者としての道を歩み続けた。
今になって、私は彼女たち一人ひとりの人生について考える。
彼女たちは、いったい何を経験してきたのだろう。
人知れず、どれほど苦しんでいたのだろう。
学生や同僚たちから、思いやりも敬意も払われない日々を、どんな思いで受け止め、どうやって耐え抜いてきたのだろう。
私は今でも、次の世代には、もっとよい未来を築いてほしいと願っている。
だが、そのためには、問題に対する深い自覚と、現状を変えようとする強い意志、そして粘り強い努力が必要だ。残念ながら、今の組織の仕組みの中では、そのどれもが簡単には得られない。
まず必要なのは、この繰り返されるパターンについて語り、その存在を認識することだ。
これは単に「職場ではそういうことが起こるらしい」という抽象的な話ではない。
まさに私たち自身が所属する学科で、目の前で起きていることなのだ。
身近な個々の事例については、それぞれにもっともらしい事情や理由があるように見えるかもしれない。
しかし、だからといって、それらが大きな共通のパターンの一部ではないことにはならない。
木を一本一本見ていると、それぞれ違うように見える。だが、少し離れて森全体を眺めれば、そこには同じ構造が見えてくる。
だから、次に誰かがシニア女性教授のことを「あの人はクレイジー(頭がおかしい)」「あの女はビッチ(性悪女)」と言うのを耳にしたら、少し考えてみてほしい。
その評判を裏づける直接的な証拠を、私たちは自分自身でどれだけ持っているだろうか。
自分が実際にその女性と接し、見聞きしたことと、その評判は本当に一致しているだろうか。
男性の同僚が同じようなことをしていても、同じように厳しく批判されたり、馬鹿にされたりするだろうか。
男性なら「嫌な野郎」「ろくでなし」であっても、影響力と周囲からの敬意を保ち、組織の中心に居続けることができるのではないだろうか。
もし、あるシニア女性教員が本当に精神的に追い詰められ、苦しみ、孤立しているように見えるのなら、その振る舞いの背景には、そうならざるを得なかった過去の経験があるのではないだろうか。
シニア女性教授が若手女性教員を支援していないように見える場合も、それは単に彼女が意地悪だからなのだろうか。
若手をかばえば、自分自身が大きな代償を払うことになるからではないか。
助けたくても、自分には何もできないと無力感を抱いているからではないか。
あるいは、若手女性たちの側が、そもそも彼女を拒絶しているからではないだろうか。
十分な実績を上げ、昇進を勝ち取ってきた女性たちが、正当に敬意を払われるようにするには、彼女たちをめぐるこうした物語を、どうすれば問い直し、変えていくことができるのだろう。
そして、この世代を超えて繰り返される悪循環を、どうすれば断ち切ることができるのだろう。
ようやく自分の翼で大空へ羽ばたけるところまで来た女性たちが、その力を手にしようとした途端に翼を折られてしまう。
そんなこと、いつまで繰り返すのか。
xitter.cf/KeikoUTorii/status/145…
Replying to @KeikoUTorii
これについては、私は何度も講演したり執筆したりしていますが、英語が読めるようでしたら、このエッセイを一読ください。世代を超えて繰り返す「ガラスの天井(女性研究者への差別)」を鮮やかに記したコラムです。
straight.com/news/937181/jen…
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【ならじょToday第46号発刊✨】
掲載記事を順次ご紹介します。
「世界最先端の研究を、奈良女から」
「ブレークスルー賞」受賞の国際共同実験に参加する下村真弥准教授・蜂谷崇准教授に、研究の最前線と子育てとの両立について伺いました。
▼記事はこちら
nara-wu.ac.jp/nwu/intro/toda…
#奈良女子大学
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アメリカ大学院生の頃、研究発表プレゼンで「英語下手でごめんね」と言ったら指導教授からくそ怒られた。「英語が下手なのは聞けばわかる。そんなことで聴衆の時間を奪うな。俺たちは君の英語を評価しに来たんじゃない。」みたいなこと言われて懇々と説教された。「日本人が謙虚なのは知ってるが




































