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【日本橋三越で個展を開催中】
ご高覧いただければ幸いです。
『安原成美日本画展 Sense of Forest』
2026年10月21日(水)~2026年10月26日(月)最終日午後5時終了
日本橋三越本店本館6階美術特選画廊
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中村征夫さんの「イクオネ」、世界で6番目の新種クリオネに asahi.com/articles/ASVB82PZY…
「流氷の天使」として知られるクリオネ。世界で6種目となる新種を、日本の研究チームが論文に報告した。
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中村征夫さんの「イクオネ」、世界で6番目の新種クリオネに
asahi.com/articles/ASVB82PZY…
「流氷の天使」として知られるクリオネ。世界で6種目となる新種を、日本の研究チームが論文に報告しました。
水中写真家の中村征夫(いくお)さん(81)の名にちなんで、ダイバーの間で「イクオネ」という愛称で呼ばれてきた種類です。
中村さんが初めて「イクオネ」に出会ったのは1990年代。北海道・知床半島の海でした。
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【「イクオネ」は新種クリオネ 研究】
news.yahoo.co.jp/pickup/6598…
「研究して論文書いてみたい!!カッコいい!!」という気持ちで藝大博士課程まできたけど、いざ最終学年になると「お絵描きしかしてこなかった人に急に論文書かせるとか無理だから…人生で初めて書く長い文章が博士論文とか…」という感じになってる。
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茫茫大海
每次出發都可能是永別
愛意總是來得直接
船待在港口最安全
但那不是船被造出來的理由
漫漫大地
落足後,刻下約定的符號
我還在這裡
等傷痛變老,等自己變好
妳是海洋的顏色
妳是大地的顏色
藝祭の御輿って毎年「絶対間に合わないだろこれ」って所から必ず完成にもっていくので凄い。
体力と気力でゴリ押してギリギリ完成させるあの快感と成功体験が、未だに自分の締切マインドに影響を与えている気がする。
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関東大震災の日に。墓マイラーをしていると教科書に載っていない地元の物語と出会うことがあります。横浜市鶴見区の東漸寺(とうぜんじ)には、震災時に朝鮮人の命を救った鶴見警察署長・大川常吉さんのお墓と、在日朝鮮人の方々が感謝を込めて建立した氏の顕彰碑が建っています。103年前の9月2日、関東大震災翌日の出来事。鶴見警察署に自警団が4人の朝鮮人を突き出し「こいつらが鶴見駅近くの井戸に毒を投げ込むのを見た」「叩き殺せ」と詰め寄りました。
この4人は実は中国人で、井戸で水を飲んだ時に2本のビンを持っていたことで「毒薬を入れた」と疑われたのです。
当時、同地区には臨海部の埋め立て工事のため、多くの朝鮮人労働者が居住していました。対応した大川常吉署長に、自警団はビンに毒が入っていると主張します。大川署長は「諸君がそれほど疑うなら、私がこのビンの中身を目の前で飲む!異状があれば朝鮮人は諸君に引き渡す。異状が無ければ私に預けよ!」と一喝、2本とも中身を飲んで場を収めました(伝承では井戸水が入った一升瓶とも)。
しかし翌日、「朝鮮人が武装蜂起した」などデマの拡大にともない、殺気立った約千人の群衆に鶴見署は包囲されます。同署は朝鮮人220人、中国人70人の約300人(近年の研究では約400人説もあり)を保護していました。このとき、多くの警官は震災対応で出払い、署内にいたのは3人だけです。人々が「朝鮮人に味方する警察など叩き潰せ」「朝鮮人を殺せ」と叫ぶと、大川署長は「彼らも同じ被災者だ。朝鮮人を殺す前に、まずこの大川を殺せ!」と両手を広げて訴えました。「もし(同署から)逃げ出したらどうする」と声が飛ぶと、「私が君らの前で腹を切っておわびする」と断言。群衆は理性を取り戻し引きあげました。
さらに次の日、大川署長は地元の臨時町議会で議員らに朝鮮人を県外へ追い出すよう要請されますが、ここでも反論します。
「(朝)鮮人の反乱は全く根もなき流言飛語と断定する。彼らは食べるために働いており、反乱などのもくろみを起こすことは絶対ない。彼らが蜂起するようなことがあれば、私が命を賭して鎮圧する。県外に行くよう命じても、一度警察の手を離れればたちまち全員が虐殺されてしまう。署はあくまでも保護する」
ここで重要なのは、「一度警察の手を離れればたちまち全員が虐殺されてしまう」という署長の認識です。この言葉が、事態の深刻さを何より物語っています。内務省の資料には、神奈川県でとりわけ多数の犠牲者が出たと記録されており、鶴見警察署で保護された人々は、まさに九死に一生を得たのです。
一方、群馬では藤岡署に約2千人の群衆が刀や猟銃を手になだれ込み、署内に保護されていた朝鮮人17人が殺害されました。群馬の詩人・萩原朔太郎は記します「朝鮮人あまた殺され その血百里の間に連なれり われ怒りて視る、何の惨虐ぞ」
千葉・福田村では、香川から来た薬売り行商人15名のうち、妊婦や子供を含む9人が、聞き慣れない讃岐弁などから朝鮮人と誤認され、自警団によって殺害されました。日本人でさえこうなのです。
中でも大きな惨劇は埼玉の本庄警察署で起き、86名ともいわれる朝鮮人が構内で群衆に虐殺されました。この事件は市のHPにも記され、犠牲者が眠る長峰墓地では現在も慰霊追悼式が行われています。
震災後に殺害された朝鮮人は、政府(内務省)の公的記録が233人、朝鮮総督府東京出張員の報告が832人、当時の東大教授・吉野作造の調査が2613人余、最多は半島系新聞がまとめた6661人。誤認により殺害された日本人も59名にのぼります。また、公的記録の233人はあくまでも起訴された事件に限った数字で、中央防災会議の報告書は実際の犠牲者数がこれを大きく上回り、震災死者の1~数%に相当、つまり1000人単位だった可能性を認めています。
近年ネット上では、当時の(混乱の中で発行された)新聞記事を根拠に「朝鮮人の暴徒は実際にいた」とする意見を散見します。しかし震災2年後、警視庁は『大正大震火災誌』をまとめ、流布された朝鮮人の集団暴行・暴動について、そのような痕跡は認められないと結論づけています。当初、朝鮮人による殺傷事件は殺人2件、傷害3件とされましたが、5件とも被疑者不詳で起訴された事実はありません。
井戸に毒、武装蜂起、計画的な放火、すべてデマでした。火事場泥棒についても、震災月の窃盗犯の検挙件数973件の内訳は、日本人960件、朝鮮人12件、台湾人1件で、ほとんどが日本人の犯行です。警察がデマと認定した新聞記事が、100年経ってもネットで流布され、いまだにヘイトを煽っていることに胸が痛みます。
なぜ「朝鮮人が反乱を起こす」というデマを、人々は簡単に信じてしまったのか。背景には4年前に朝鮮で起きた独立運動「三・一運動」を日本が武力で徹底弾圧した時代状況がありました(死者数は朝鮮側の発表7509人、日本側の発表553人)。自分たちが抑圧してきた相手から「報復されるのではないか」という恐怖に、朝鮮人に対する差別や偏見が重なり、パニックが増幅されたのです。
集団心理が暴走すると、いかに歯止めが効かなくなるか歴史が示しています。人間にとって最も恐ろしいものは「ひとくくり」と「思い込み」。「○○人というものは」というひとくくり、「○○人ならこうするに違いない」という思い込み。これは過去の話ではありません…
※添付画像は、大川常吉署長、東漸寺の墓所、在日朝鮮人から大川署長への感謝の顕彰碑、1カ所で86人ともいわれる犠牲者が出た本庄市のHP解説
#関東大震災 #朝鮮人虐殺 #大川常吉 #墓マイラー
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google.com/maps/d/u/0/viewer…
これはすごい。関東大震災の朝鮮人・中国人虐殺のあった場所についてのマップで、何人がどのようにして虐殺されたかの委細がマークをクリックすると読める。自分の近くの地域でもこの残虐な事件の慰霊ができるかもしれない。
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【速報】千葉県市川市の在日本大韓民国民団市川支部に、カミソリの刃と現金15円50銭の入った郵便物が1日に届いたことが分かった。関東大震災の朝鮮人虐殺を想起させる脅迫とみられ、民団は警察に相談している。
47news.jp/14881468.html


























