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64歳男。もと占い師。チェス。日本近代文学。現代詩、埴谷雄高、古井由吉。思想書。仏教、ヴィトゲンシュタイン。音楽。ジョスカンデプレ、バッハ、ハイドン、ウェーベルン、武満徹、スカルラッティ。

osaka
Joined September 2011
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関東に居た頃は日本美術に興味を持たなかった。一九八三年の「ボストン美術館所蔵日本絵画名品展」、八六年に昭和天皇在位六〇年を寿いだ「日本美術名宝展」、九七年の「興福寺国宝展」しか記憶にない。いづれも東京国立博物館だった。「ボストン」では鸚鵡を覚えている。いま検索したら、若冲だった。
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「名宝展」は私が今まで見た中で最もすごい展覧会だった。ただ、「立ち止まらないでください!」と係員に急かされながら、次から次へと通り過ぎただけなので、何を見たか記憶に残っていない。いま展示品を検索しても、見たかどうか、確信が持てない。覚えているのは、金印と宗近と若冲と源頼朝くらいだ
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職場でコツコツ見るDVDは三島由紀夫原作「潮騒」を監督森永健次郎で。三度目である。もちろん、吉永小百合だ。今年は彼女の映画をいくつか見たが、これと「細雪」「外科室」がベスト3である。ハンドバッグ競争の場面が無かったが、見たような記憶があるので意外。あれがあるのは山口百恵版だったかな
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ジョットも好きだ。稚拙な感じのする割に厳粛。二〇〇八年の損保ジャパン東郷青児美術館「ジョットとその遺産展」では大画面の聖母子像を見ることができた。十四世紀の絵とは思えないくらい鮮やかで、本物か復元図か、悩んでしまった。なお、大塚国際美術館ではスクロヴェーニ礼拝堂が再現されている。
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東郷青児美術館と言えば、ゴッホのひまわりである。昔はゴッホ展がよくあったが、糸杉とか星月夜とか有名な数枚を別にすれば他は貧弱で、いささか嫌いになった。しかし、これは別格である。花が多頭の竜のように火を吹いている。絵の具の盛り上がりにも迫力があって、写真ではわからない絵の代表である
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伊藤匠に広瀬章人が挑戦する王座戦最終第五局は、たっくんが不利ながら、3七地点に駒を集中させ、9一歩の粘り、また、図の3一玉で2三銀から2二玉への退避を見せて焦らせる。しかし、広瀬は手数のかかる6四成銀そして7三竜だった。攻めが遅くて心配だったが、これで勝勢らしい。育児してタイトル
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先週同様、火曜の営業を終え、職場に戻り、妻のおにぎりを食べながら、横溝正史原作市川崑で今日は「獄門島」を。こういう映画を馬鹿にする傾向が私にはあったが、直していきたい。やはり二度目だが、ほぼ覚えていなかった。今年は映画や映像作品を百本見る、という誓いを立てている。これで成就した。
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出口があればいい、「もしなければ、文章を書く意味なんて何もない」と村上春樹は言う。「どこであれそれが見つかりそうな場所で」の「それ」は出口だろう。あの夫も求めていた。出口の無いエレベーターの閉鎖空間を嫌う点にもうかがえる。主人公の捜査に意味はあったのか。たぶん無い。それが出口だ。
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村上春樹「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」は完璧な出会いが実はたいしたことない、という話である。「君と会えてよかった」「君に会えた奇跡」とか、よくある歌の文句の反対である。「どこであれそれが見つかりそうな場所で」は、逆に、出会わない価値が書いてある。
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グラナダ版「シャーロック・ホームズの冒険」の楽しみの一つは、魅力的な女優さんがよく起用されることだ。みんな適役だ。第一八話「修道院屋敷」にはアン=ルイーズ・ランバートが出てる。どこかで見たよなぁ、と検索したら、「ピクニック at ハンギング・ロック」だ。原作同様、オーストラリア出身。
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読売新聞、村上龍追悼、金原ひとみ「自分は誰よりもあなたの作り出す世界で生きるべき人間だと信じる読者であり、あなたの世界に潜り込むことで戦火を逃れてきた読者であり、あなたの世界で初めて安眠できた読者であり、あなたの世界がなければ戦えない戦が、越せない夜があった読者であった」。
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日曜に仕事をして疲れて帰宅する。モーツァルトのピアノソナタ第一番K.279をピレシュ(ピリス)で。とても気分が落ち着いた。ゆっくりした演奏である。音をほんの少し伸ばす具合の美意識に品がある。第三楽章のコココココッという五連打はやさしく小さく鳴らす。ため息して、第二番K.280へ。これも良。
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ほぼ名人戦だけに話題を絞り、主催が毎日新聞と朝日新聞を行ったり来たりして現在に至る名人戦騒動を中心にした現代将棋史である。毎日朝日と読売新聞の発行部数を基礎にして論じられ、名人戦の契約金を巡り、新聞社と日本将棋連盟がどんな交渉と駆け引きを続けてきたか、がよくまとめられた力作である
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フラ・アンジェリコよりも前から好きで古い絵、というと、上野国立西洋美術館で常設展示されている「聖ミカエルと龍」だと思う。写真ではいまひとつ伝わらないが、とどめを刺す寸前の虚無的なまなざしにうっとりする。作者は十四世紀のシエナ派だそうだ。シモーネ・マルティーニなんかの時代である。
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一九五三年の第一二期名人戦まで。棋戦の誕生事情が棋戦の仕組みを大きく決める。将棋界と新聞社の都合のからみあいが非常に複雑で、現在の目には奇妙なことがさまざまあり、それをこまかく解説してくれる。初期の順位戦では新聞社は対局料を出してない。また、アマチュアや奨励会員が参加していた!
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昨日、若桑みどりについて書いて、思い出した。私がフラ・アンジェリコを好きになったのは、彼女の番組の受胎告知の回がきっかけだった。この画家の色彩画をこの目で見たのは一回きり、二〇〇八年の長崎歴史博物館「バチカンの名宝とキリシタン文化」展だった。小さくて、展示も遠かったけど、感激した
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高階秀爾は他の本も好きだが、別の人も挙げたい。若桑みどりだ。一九九二年のNHK「絵画を読む」で初めて図像学を知った。テキストが今はちくま学芸文庫になっている。旧教の受胎告知が、新教に脅かされるにつれ、マリアが低年齢化し、天使が筋骨隆々になってゆく、など。ジョルジョーネの回も良かった
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一九八八年の東京都庭園美術館「ヤン・トーロップ展」は、「おお死よ、汝の勝利はどこにあるか」が酔い痴れるほど気に入った。これも部屋に飾っていた。ただし、気味が悪いので、クローゼットの扉の裏に貼っていた。装飾性、平面性、曲線、内面世界の表現、など、高階秀爾「世紀末芸術」そのまんまだ。
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寝酒の肴にエウリピデス「トロイアの女たち」を読了。トロイ戦争で私がいちばん好きなのはカッサンドラである。神から予言の力を与えられたものの、神はその予言を誰も信じてくれないように設定した。その彼女をはじめ、誇り高きトロイアの女性たちが、敗戦後はギリシャ軍の男たちの奴隷にされてゆく。
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高階秀爾「世紀末芸術」四十年ぶりに再読了。初版は一九六三年だが、この分野の入門書として今でも充分通用する。実際、ちくま学芸文庫になっていた。ただ、難しいことは何も書いてないが、内容を実感するにはそれなりの教養が要るかも。初読の二十代の私は理解できてなかった。今回は読めて嬉しい。
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