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小田切博: フリーライター。著書『誰もが表現できる時代のクリエイターたち』、『戦争はいかに「マンガ」を変えるか:アメリカンコミックスの変貌』(NTT出版)、『キャラクターとは何か』(ちくま新書)共編著『アメリカンコミックス最前線』(大日本印刷)。明治大学米沢嘉博記念図書館の傭兵もやってます。

Joined December 2009
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自著『戦争はいかに「マンガ」を変えるか』(NTT出版、2007)が中古市場からも消えている状況のようなので、新書、文庫もしくは新装版刊行の可能性をまじめに考えています。ご興味がおありの出版関係者の方はDMでのご連絡をお願いします。
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SMUDGE global outreach
Nuestra línea de manga se va ampliando
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【新刊情報】 『芸術の設計[増補新装版] 見る/作ることのアプリケーション』 岡﨑乾二郎=編著 2026年11月26日発売予定 filmart.co.jp/books/978-4-84… アプリケーションには、技術の歴史が埋設されている。 技術を再生し、再獲得するための導きの書 ──諸技術の考古学。 あらゆる制作の基盤となる名著、約20年の時を経て新装復刊 芸術の構造はいかに保存・伝達されるのか? 建築、音楽、ダンス、美術という各ジャンルのアプリケーションから、 作品構想の指示書としての「ノーテーション」を軸に技術の地層を読み解く。 AIの発展に伴い、「今後数年以内に、個々のアプリケーションの大半は、一般には直接使われなくなるだろう」。 しかし、アプリケーションに刻み込まれた技術の歴史的地層は変質しない。 本書は約20年前の技術体系を保存し、異なる仕方で現代に蘇らせる。 増補新装版では、新たなまえがきと、各分野における設計環境の変化に関する補論を追加。 AIによって見出される「0層のノーテーション」を論じた『芸術の発見』という対を得て、 すべての制作者必携の書が待望の復刊。 * 技術を理解すること、把握すること、習得するということはいかなることなのか。本書が最終的に目的にしているのはこの秘伝の解明である。 ーーー この書物で論じられているのは作品の構想を既存技術やマテリアル、協働者に伝達・接続するための指示書──設計図、楽譜、総じて「ノーテーション」──がいかに作成されてきたかであり、その形式こそが作品の構造を規定してきたという歴史的事実の考察である。 ──岡﨑乾二郎 *
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雑誌や新聞、書籍やネットメディアでもいいけれど、記事というのはまず「企画」があって存在するものです。 企画自体が著者発信のこともありますが、媒体側からオファーされる場合も多く、ライターの創造性は当該の企画に対してどうアプローチするかという部分にあります。
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ちばてつや先生が10月22日に永眠なさいました。 「手にとって読もう!お宝コレクション展」ではちば先生の「あしたのジョー」(原作:朝森高雄=梶原一騎)新連載号を読むことができます。 ちば先生、すばらしい創作者であるだけでなく業界全体を温かく守り続けてくださり、ありがとうございました。
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「トーチweb」にて『東東京区区』第11話「交差する街」公開されました。江東区西大島〜小名木川周辺を歩く回です。さまざまな声を聞き、記す活動をする人たち、焦土を詠んだ俳人、空襲・戦災についての展示、交差する運河についての話です。 to-ti.in/story/easttokyo11
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本文で対象の人物の肩書を「レイシスト」としている新聞記事が流れていて、暗澹たる気持ちになった。 新聞のような「報道」を謳うメディアが、記事上で「公正中立」という建前を蔑ろにし始めたらアジビラと変わらなくなってしまう。
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新聞記者がSNS上で他人をレイシスト呼ばわりしているのもどうかと思うが、個人としての発言だというならどうこう言おうとは思わない。 しかし、記事として公開したテキストで特定個人をレイシストとして名指すのは訳が違う。報道機関なら紙上では中立のフリくらいはしてほしいのだが。
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左派とか右派とかではなく、「校正をちゃんと見なかった」というのは、単に「手を抜きました」と堂々といってるようなものなので、それをいって何かの釈明になると考える発想自体が理解しがたい。
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たぶん、これも内田さんが話した内容を新聞社の記者が内容をまとめて記事にするはずだ。 文末に(談)とついている場合もあるが、1時間話した内容を記者がテーマに沿ったかたちに切り出して文章としての起承転結をつくり、説明不足な部分は情報を足したりして記事化する、これが「構成」。
朝日新聞の取材だん。今日は『北の国から』についてのオピニオン欄の取材でした。倉本聰さんが亡くなったので、その代表作である『北の国から』がどういうドラマであったのかを改めて論じるという趣旨です。1時間しゃべりました。それだけ話すことがある、厚みのある素材でした。😅
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雑誌や書籍であれば被取材者に校正を回して赤をいれてもらうが、新聞記事の場合はこの工程をまったく取らない場合も多く、 記者によっては「取材対象にチェックをさせるなんて検閲じゃないか」というひとまでいる。速報性を重視するが故の業界慣習らしい。
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書籍であれば、校正、再校くらいまでは出すはずなので、真っ当な著者であれば、構成者が別にいる対談本やインタビュー、講義をまとめた原稿であっても、そのタイミングで丁寧に読んでチェックする。 校正を碌に読んでいないというのは、取材相手もそうだが、まず編集や読者を舐めているのだと思う。
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2027年1月、新シリーズ《ゲイジュツのハンラン!》刊行開始!1960–70年代の芸術・社会状況を、実際に経験した芸術家・美術評論家たちが描いた著作を復刊するシリーズです。絶版になり、長らく入手困難だった作品を新たな装釘で復刊します。 suiseisha.net/blog/?p=23922
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おおお!ケベックの魚喃キリ子と言われたズヴィアンヌの『水底へ』が日本語で読める日が来るとは…!!
⚜️ケベック・バンド・デシネ盛り上げ隊⚜️ 10/31(土)11/1(日)の東京BDフェスティバル、ケベック州政府のブースで以下を頒布します ・【新刊】ズヴィアンヌ作・画『水底へ』¥1,200 ・ケベックZINE「YUL」¥300(イベント特価) #東京BDフェスティバル #東京BDフェス #tokyobdfestival
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クレア・ビショップ『注意攪乱 いま私たちはアートとパフォーマンスをどう見ているか』の見本が出来しました。11月10日発売予定です。 link.amazon/B089GQw67 【速報!】 11月28日(土)、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科の10周年記念企画の一環として、クレア・ビショップ氏をお招きしてトークイベントを開催予定です。 詳細・お申し込みは11月初旬にご案内します。 【書籍詳細】 清水知子=監訳 菅原伸也・井上絵美子・伊藤喜彦=訳 アテンション時代の芸術と観客を問い直す。 『人工地獄』の著者が描き出す、ソーシャルメディア以後の芸術論/観客論。 展示室で作品を前にしながら、写真を撮ってSNSにアップロードし、情報を検索し、絶え間ない通知に気をとられる── スマートフォンとソーシャルメディアは私たちの注意を否応なくかき乱し、いまや芸術の見方は、じっくりと作品に集中する従来の鑑賞モデルから遠く離れつつある。 本書『注意攪乱』において、美術史家・批評家のクレア・ビショップは、アテンション・エコノミーの台頭や、注意欠如・多動症(ADHD)をめぐる診断の急増を重要な文脈としながら、「集中は善であり、散漫は悪である」という前提を疑い、注意をめぐる規範を解体していく。 そして、デジタルテクノロジーのもとで私たちの知覚がどう変わり、アーティストがどう応答してきたか、「ハイブリッドな観客性」を鍵にその核心を問う。 読み切れないほど膨大な情報で埋め尽くされたリサーチベースド・アート。 展示室で長時間上演され、観客によって撮影・拡散されるパフォーマンス。 公共空間で許可なく迅速に行われ、メディアを通じて注目を奪う介入。 アーティストによって繰り返し呼び起こされるモダニズムの建築とデザイン。 インスタレーション、演劇、ダンス、公共空間への介入、建築── 領域を軽やかに飛び越え、今日のアートとパフォーマンス、そして「芸術を見ること」そのものを鮮烈に切り出す。 21世紀の芸術的戦略を読み解く、まったく新しい見取図となる一冊。 これは専門家だけでなく、現代アートを見たいがどう見ればよいかわからないすべての人のための本である。 ──ボリス・グロイス(美術批評家・哲学者) 原題 Disordered Attention: How We Look at Art and Performance Today 装丁 木村稔将
【書影公開】 クレア・ビショップ=著 『注意攪乱 いま私たちはアートとパフォーマンスをどう見ているか』 link.amazon/B089GQw67 清水知子=監訳 菅原伸也・井上絵美子・伊藤喜彦=訳 2026年11月10日発売予定 アテンション時代の芸術と観客を問い直す。 『人工地獄』の著者が描き出す、ソーシャルメディア以後の芸術論/観客論。 展示室で作品を前にしながら、写真を撮ってSNSにアップロードし、情報を検索し、絶え間ない通知に気をとられる── スマートフォンとソーシャルメディアは私たちの注意を否応なくかき乱し、いまや芸術の見方は、じっくりと作品に集中する従来の鑑賞モデルから遠く離れつつある。 本書『注意攪乱』において、美術史家・批評家のクレア・ビショップは、アテンション・エコノミーの台頭や、注意欠如・多動症(ADHD)をめぐる診断の急増を重要な文脈としながら、「集中は善であり、散漫は悪である」という前提を疑い、注意をめぐる規範を解体していく。 そして、デジタルテクノロジーのもとで私たちの知覚がどう変わり、アーティストがどう応答してきたか、「ハイブリッドな観客性」を鍵にその核心を問う。 読み切れないほど膨大な情報で埋め尽くされたリサーチベースド・アート。 展示室で長時間上演され、観客によって撮影・拡散されるパフォーマンス。 公共空間で許可なく迅速に行われ、メディアを通じて注目を奪う介入。 アーティストによって繰り返し呼び起こされるモダニズムの建築とデザイン。 インスタレーション、演劇、ダンス、公共空間への介入、建築── 領域を軽やかに飛び越え、今日のアートとパフォーマンス、そして「芸術を見ること」そのものを鮮烈に切り出す。 21世紀の芸術的戦略を読み解く、まったく新しい見取図となる一冊。 これは専門家だけでなく、現代アートを見たいがどう見ればよいかわからないすべての人のための本である。 ──ボリス・グロイス(美術批評家・哲学者) 原題 Disordered Attention: How We Look at Art and Performance Today 装丁 木村稔将
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Take your first look at Visiting America by R.E. Burke, out 5/11/27! In this work of graphic memoir/journalism, British cartoonist Burke tells the story of how an innocent technicality led to unjust detainment in an I.C.E. facility for 19 days. ow.ly/hPoN5101bQN
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ちばてつや先生は、1950~60年代、とても人気のある「少女マンガ家」でもありました。ちば先生も参加された座談会での証言は『少女マンガはどこからきたの?』(青土社 2023)で読むことができます。米沢嘉博記念図書館のWeb展にも、ちば先生の項目があります。 meiji.ac.jp/manga/yonezawa_l…
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