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写真展「沼を覗く」は、昨日無事に終了いたしました。
暑さ厳しい中ご来場くださった方、遠くから見守って下さった方、SNSでリツイートやいいねをして下さった方、展示会場のフォトカノンの皆さま、そして制作・展示に関わって下さったすべての方に、心より御礼申し上げます。
#フォトカノン
トモコスガさんに、YouTubeのライブ配信でZINEをご紹介いただきました🙏
昨日の話を聞き直したところ、とても面白い話ができていて安心した。トモコスガの、ここだけの話です。
youtube.com/live/pm2VlJIPy5k…
【拡散希望です🔥】
明日の日曜が最終日です!!
大きめの写真で生き物や民芸品などのディテールをしっかりご覧下さい。
12:00-18:00在廊しています☺️
ポートレート撮影もします!
グッズまだまだ在庫あります!!
ふげん社さんの周りは明日も目黒マルシェというイベントで賑やかそうです。
うつゆみこ個展
「かみがみ ひとびと ものも゙の ゆめゆ゙め」
残りあと3日!
うつゆみこさん在廊中です。
ポートレート撮影ご好評いただいております。
当日受付も可能ですが、すでに埋まっている時間帯や準備等がございますので、事前にご予約いただくとスムーズです。
fugensha.jp/events/261009por…
てがっぱ retweeted
千葉県茂原市で、重度の障害がある29歳の娘さんを殺めたとして、58歳のお母さんが裁判員裁判で裁かれている。この報道を読んで、しばらく言葉が出なかった。
topics.smt.docomo.ne.jp/arti…
娘さんは脳性まひで寝たきりだった。会話はできなくても、お母さんは豊かな表情から感情を読み取り、日中はデイサービスを使いながら、食事も排せつも一人で介護してきた。法廷で娘の存在を問われて、こう答えたという。
「私の命であり、全ての人だった」。
憎しみで殺したのではない。29年間、命として愛し抜いた人が、殺めた。この事実の重さから、目を逸らしてはいけないと思う。
経過を追うと、崩れていく過程がはっきり見える。
3年前、娘さんがデイサービスで大声を出すようになった。それを抑える薬を飲み始めると、てんかんが悪化した。ほぼ毎日発作が起き、そのたびに迎えに行き、パートを辞めざるを得なくなった。発作に対応できる施設は見つからなかった。
「私がいないと生きていけない」と思い詰め、自身もうつ病を患い、一緒に死のうと考えた。
僕はこの経過の一つひとつに、支援が入れたはずの分岐点があると思う。
行動の変化が出たとき。服薬調整でてんかんが悪化したとき。毎日の呼び出しが始まったとき。仕事を失ったとき。施設探しが行き詰まったとき。お母さん自身が病んだとき。少なくとも六つの分岐点があった。
そのどこかで、医療対応のできるショートステイが、レスパイトが、伴走する相談支援が、届いていたら。六つ全部を素通りさせて母娘を二人きりにしたのは、偶然ではない。
だから僕は、この法廷で裁かれているのはお母さん一人ではない、という感覚を持つべきだと思っている。
裁かれているのは、僕ら福祉関係者でもある。
「発作に対応できる施設は見つからなかった」。
この一文は、被告の供述であると同時に、僕らの業界への判決文だ。デイサービスで大声を出す利用者を、僕らは受け止めきれていたか。「対応困難」という言葉で、断っていなかったか。
断られ続けた家族が最後にどこへ行き着くのか、想像していたか。僕自身、事業者として、この問いから逃げるわけにはいかない。傍聴席のつもりでいたら、いつの間にか被告席の隣に立っていた。それくらいの当事者意識が、僕らには要る。
同時に、忘れたくないのは、娘さんは殺されていい命ではなかったということだ。
お母さんの苦しみにどれだけ共感しても、ここは動かせない。同情が「仕方なかった」に変わり、「仕方なかった」が「ああいう命は」に変わっていく。
介護する家族の追い詰められた末の事件は、繰り返されてきた。そのたびに同情が集まり、仕組みは変わらないまま、次の家族が追い詰められる。もう繰り返させたくない。
「私がいないと生きていけない」というお母さんの確信への答えは、「あなたがいなくても、この子は生きていける」を実物で示すことだ。
てんかん発作や医療的ケアに対応できる日中の場、泊まれる場、親なき後を見据えたグループホーム。
難しい人から受け入れる。
それが僕ら福祉事業者の存在理由であり、この裁判で突きつけられた宿題だと思っている。
抱え込んでいる家族の方へ。限界が来る前に、地域の相談支援や役所の窓口に、どうか声を上げてほしい。僕にでもいい。
あなたが倒れないことが、その子の命を守ることと同じだから。
いのちを、あきらめない。




















