Triumbrush retweeted
AIへの批判の大きな要点の一つは、おそらく「努力の簒奪」なのだと思う。
人が何年もかけて身につけてきた技術や、試行錯誤の末にたどり着くはずだった成果を、AIはその過程ごと飛び越えて出力する。そこには、努力そのものを無価値にされたような感覚がある。
しかし一方で、私たち自身がすでに、人間から「努力の途中にいる余地」を奪ってきたのではないか。
下手なもの、不味いもの、不細工なもの、遅いもの、間違ったもの、未完成なものを避け、人にも商品にも高い完成度を求める。未熟さを成長の途中として見るより、欠点として粗探しする。
整形した女優を責める人は、容姿に恵まれない人を同じように選べるだろうか。
AIイラストを「努力がない」と嫌う人は、Pixivにある未熟な人間の絵を同じ熱量で見ようとするだろうか。
「努力は尊い」と言いながら、浪人、留年、遠回りをした人を採用では不利に扱っていないだろうか。
私たちは過程を尊ぶと言いながら、実際の評価では結果を求める。
しかもその傾向は、比較が容易になるほど強くなる。
SNS、ランキング、レビュー、検索、条件による選別。
かつてなら周囲の中で「十分に上手い」で済んだものが、今では世界中の上位層と並べて比較される。
その結果、「十分に良い」では足りず、「他より良い」ことが求められる。
90点以下が落第点の世界では、90点に到達するまでの未熟な時間そのものが許されなくなる。
そうなれば、生産者が過程を短縮し、補助し、隠し、最適化しようとするのは自然なことでもある。
AIはその要求に極めてよく応える。
だからAIは、能力主義や結果主義への反逆というより、むしろその完成形に近いのかもしれない。
「どうやってそこへ到達したか」ではなく、「今、何点を出せるか」だけを純化していく道具だからだ。
そしてAIは単なる結果でもない。
社会が高品質を要求するからAIが使われ、AIが高品質を大量かつ安価に供給することで、今度は社会の最低基準がさらに上がる。
結果主義がAIを生み、AIが結果主義を加速する。
AIが努力を殺したのではない。
努力の途中にある人間を待てなくなった社会が、AIを必要としたのではないか。
そして皮肉なのは、私たちがAIに奪われたと感じている「努力の価値」を、そのずっと前から、完成度を求める自分たちの消費行動によって少しずつ切り捨てていたのかもしれない、ということだ。
いかがでしょうか?必要であれば、もう少し口語的にして“自分で考えて書いた感”を強めることもできます。
Another groover by @Greedy172
It’s only been two weeks since I started sharing LUMINA on Instagram, so seeing more than 1,000 people already following her journey feels a little unreal.
Thank you for all the comments, shares, and support.
Triumbrush retweeted
Un fan a réalisé une vidéo animation Spider-Man et c’est magnifique !!
Les balancements sont excellents j’aime trop 🥹
(Via Diego Woods sur YouTube)
It’s been a while since the last Lumina update. I’ve finished refining the hair details. It still feels a little messy, but I think it looks much better than before.

















