昨日の講演で「フーコーがパレーシアを論じていたんですね(初めて知った)」というコメントをしてくれた人がいた。
パレーシア講義と呼ばれる、カリフォルニア大学での講義をまとめた『真理とディスクール』 link.amazon/B0fEkc7f3 もあるんだけど、拙著の主要な典拠はコレージュ・ド・フランスの講義集成の『12. 自己と他者の統治(1982-1983)』 link.amazon/B01Cy5w3b および『11. 主体の解釈学(1981-1982)』 link.amazon/B07TAMt5j 。
で、リンク先でも分かる通り絶版・高値で、勤務先の図書館にも所蔵がなかったので、拙著を執筆するに当たって私は、この講義集成を市立図書館で借りた。奇しくもフーコー生誕100年で、今年からこの講義集成が文庫改訂版で刊行されている。ただ、帯によれば4カ月に1冊ずつで、年3巻なので、11や12にたどり着くのに4年近くかかるようだ(10は単行本が去年出たばかりなので、数字順に刊行されるのかどうかわからないが)。
>ミシェル・フーコー(慎改 康之・藤山 真(訳))(2026).『ミシェル・フーコー講義集成1〈知への意志〉講義: コレージュ・ド・フランス講義1970–1971年度』筑摩書房. link.amazon/B01eeUo8r
まあちょっと単純化し過ぎじゃない?と思わなくもないけど、大学で(留学先での経験なども含め)様々なことを学んでも、教師になった際に上から・周囲から旧態の手枷足枷を嵌められ(てガッカリす/イライラす/諦め/退場す)るという状況はいくつも見聞きするので、新旧交差の普遍というか徒花みたいな現象と言えるのかもしれない。
The anti-apprenticeship of observation: How negative prior language learning experience influences English language teachers’ beliefs and practices - ScienceDirect sciencedirect.com/science/ar…
第34回デジ教「NEO EXPO」 英語・探究 東京・大阪・ハイブリッド、2026/12/26 (土) 13:00 - 17:00 neoexpo.peatix.com/
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英語授業づくり原論: 第2章 教科書は何のためにあるのか|亘理 陽一 WATARI Yoichi @wtrych note.com/wtrych/n/ndec5a4159…
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7年ぶりに再建された首里城みんなみて
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投稿の画像は色調が大幅に強調・加工されており、実際の令和復元首里城正殿は研究に基づく伝統的な久志間切弁柄など部位ごとの落ち着いた赤を使用。正殿一般公開は11月23日から。
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