回避傾向の人が恋愛しにくいのは、嫌われたくない(=会いに誘いすぎて嫌われたらどうしよう)とか、そもそも一人が最適(=人と会うと疲れる)の合わせ技だったりする。
デートも出来る。
飲みにも行く。
身体の関係も持つ。
ぶっちゃけた話もできる。
ただ、深い関係までは踏み込まない。ある種、不倫に近い関係が丁度良かったりする。
勿論不倫はダメだが、お互いに独身であれば不貞も何も無い訳で、とにかくそういう関係に居心地の良さを感じたりする。
だいたいそういう時の相手も、毒親育ちだったりする。
子供の頃から、テストの成績に対する親の叱責が厳しかった。
90点代は当たり前。80点代は怒られる。とにかく頑張らないといけない。下手うちは許されない。
クラスの○○は進学校に入って、お前が底辺高に入ったらどうするんだ!?悔しくないのか!?
こんな事をよく親に言われた。
そのためか、9割以上取っても満足できない。もっと頑張らないといけない。圧倒的に差をつけなければならない。
頑張っている自分を認めてあげられなくなる。
この思考回路が癖になっているので、大人になっても気が休まらない。常に「頑張らなくてはならない」「~しなければならない」が頭にこびりついて離れない。
そりゃ息切れもしますよね。
毒親の元から離れるだけで自分の幸せは掴める訳ではないが、少なくとも離れて一人になることが、本人の幸せを掴むための最初の一歩になると思う。
しかし長らく毒親の元で過ごしていると自分の考えや選択に対して自信が持てないし、何より行動力や意思を親に吸い取られてしまっている場合も散見される。
「とにかく毒親から離れろ!」は正しいが、それが簡単に出来れば苦労はしない・・・
私も子供の頃、母親に怒られたときに同じセリフを言われたのを思い出して、心がざわついている。
決して左の肩を持つわけじゃないけど、こういうセリフが出る時点ですでに心のキャパがもう無いんですよね。
それで結局、言いやすい相手(子供とか、職場なら大人しい人)に対して当てつけのように言ってくる。
人間関係のリセットって、振り返ると自分が常に周囲の人間と比較していることから来ているんですよね。
あの人は一流企業に勤めている、でも自分はそうではない。
この人は結婚している、でも自分はそうではない。
その人は起業して財を成している、でも自分はそうではない。
など・・・
そうやって周囲と比較し続けることで「自分は劣った存在である」という事を自分の身に刷り込んでしまい、その場にいるのが耐えられなくなってくる。
つらいですよね。
マッチングアプリのコンサルを、また受けてみようかと思っている。
思えば、人と深いかかわりを気付き上げるのが苦手だった。
若いころは、もっと学生らしく恋愛もしてみたかったけど、どうしても怖くてできなかった。
自分は欠陥人間である。そういう思いが常に自分の根底にあった。
カウンセリングを受けてからは、「あの頃は仕方なかったんだ」と受け入れられるようになった気がする。
もうあの頃のような自責の念はかなり収まってきている。
愛しくて前向きな諦めって良い言葉ですね。
勇気を出して進むほど、人生で失ってきたモノの多さを直視して、どうしようもなく悲しくなるときがある。
だけど、そういう時はちゃんと悲しみきってあげるのがいい。失ったことを嘆ける分だけ、間違いなく私は私の人生を愛していたし、それだけ自分のことを大切に思える私がいるということだから。
そして失ったことを嘆ききったあとは、ちゃんと今の自分にあるもの、残っているものを見つけられるはず。
「あぁ、取り返しがつかないくらい、たくさんたくさん大切なモノを失ってきた自分だけど、いま手のなかに残っているものを大切にするしかないんだな」と、愛しくて前向きな諦めを持てる。
そうやって、残された貴重な若さや人生、機会、チャンス、目の前のだれかを大切にして、人は進んでいけるものだと思う。
こっちが我慢して言い返さないと、ずけずけとモノを言ってくる。時には八つ当たりのようなことも言われる。負担の大きい仕事ばかりこちらに振ってくる。気が付いた時には「便利で都合のよい存在」になってしまっている。
こういう時の相手って、たとえ謝罪したとしても何が悪かったのか全く分からないんですよね。こちらも遠慮なくずけずけ言い返すか、そっと離れるしかない。
人間関係って、嫌なことをされた瞬間より、それを何も言えずに飲み込んだ回数で無理になっていく気がする。失礼なことを言われても笑って流して、都合よく扱われても気にしてないふりをして、こっちが我慢すれば今まで通りでいられると思ってた。でも相手は、何をしても許されると勘違いして、だんだん遠慮がなくなっていく。こっちが傷ついてることにも気付かず、普通に仲良くしてるつもりでいるのが余計に腹立つ。昔は楽しかった会話も、今では何を言われるか警戒する時間になってる。嫌だったことを今さら伝える気力もないし、謝られたところで今までのことが消えるわけでもない。関係を守るために黙っていたはずなのに、気付けば相手の声を聞くだけで疲れるようになってる。
4歳の頃に妹が出来た。それからは「もうお兄ちゃんなんだから」という言葉をよく言われていた気がする。
それ以降、自分が「こうしたい」「あれをやりたい」といった主張を我慢するようになった。主張しても、結局最後は言いくるめられると感じたからだ。
自分に自信が持てないのも、これが絡んでいる。自分の言動が、常に間違っているかもしれないと刷り込まれてしまうのだ。
最近わかったんだけど、母に拒絶され、甘えを拒否された人は、大人になってから『自分が近付けば人は無視するに違いない』といった、強烈な自信のなさを生むらしい。好かれても安心できない、褒められる理由が分からない、愛されても信じれない。向けられた愛より、拒絶された痛みが強いあまり、目の前の人の思いと愛を受け取れなくなり、関係性の中に繋がりや安らぎが消えて
いく。自分に自信が持てないのは、心の奥底から『母に拒絶されたのだから、誰しもが自分を拒絶するよ』と叫んでいる自分が居るから。その思い込みは強烈な寂しさと孤独を作り、親しくしたいけど一人を好む、仲良くなりたいけど素っ気なくなる、人と繋がりたいけど離れていく、といった本心と行動の一致しなさを生み出していく。あなたは多大な痛みを背負いながらも、よく生き抜いてきたんだよ。
これ、家族が居ても子供が巣立ったら虚無感を感じるみたいなコメントもあるけど、たぶん問題はそこじゃない。
例えば結婚とか子育てを通じて「自分はここまでやったぞ!」といった達成感みたいなのを遂に感じること無く老後を迎えることに対して虚無感を感じてるんだと思う。
若いときは仕事に打ち込むとか同じ独身同士で気を紛らわすこともできるが、老い先が短くなったとき、この絶望的な虚無感が顔を出す。
結婚を諦めている人は、自己肯定感を上げるとかカウンセリングを受けてみるとか、何かしらの対策は打った方が良い。
例えば、儲からない事業の撤退を決めると「撤退した=失敗」という評価がなされ、その人にバツが1個つく。
減点主義の組織では、このバツ1個が自己評価に多大な影響を及ぼすことになり、場合によっては出世コースから外されたり、子会社に飛ばされることも普通にある。
だから、本社の幹部で生き残り続けるには「決定しない、何もしない、会議ばかりやって責任を有耶無耶にする」ことが最善の生存戦略となる。
マッチングアプリで食事したとき、いわゆる難関大卒の女にはこういう傾向の人が多かった印象
この末路がキメセクだったり、女体シャンパンタワーだったりするのかもしれない。
こういう男性はかなりの確率で、子供の頃から親に愛されなかった問題をそのまま引きずってると思う。
感情を自由に表現することが許されない。ワガママも言えなかった。そんな環境の中で「自分を無条件に受け入れてくれる女性」を探し続けているのかもしれない。
しかし、それは穴の開いたバケツみたいなもので、いくら女性と関係を持ったとしても、一時的に満たされた気がするだけで、その瞬間から心のゲージはどんどん減っていく。
また別の女性と関係を持つ。また減っていく。延々とその繰り返し。
ここに気が付いて、カウンセリング等の対策を打っているならまだしも、そのまま中年まで突っ走ってしまった人ってどうなるんだろうか。
確かに1億円の資産を築いたのは純粋に凄い。でもこの言動には「他人のために俺の資産を削りたくない」という、確固たる意志が透けて見えるような気がしてならない。
「家族のために取り崩す時が来たら・・・」で言葉が詰まってるのがその証左。
しかも本人の中には「ここまで俺は頑張って1億円の資産を作ってきたんだ!」という自負も強く持ってるだろうから、ここで価値観を変えるのも非常に困難だと思う。
このレベルに達すると「いかに金を遣わずに生活できるか」それ自体が趣味のようなものなので、そりゃ普通の女性は敬遠するでしょう。
それでもどうしても結婚したい!と考えるなら、同じようなドケチ女性を一緒になるしかない。



















